番号94

 取り囲まれているとは言っても、建物を背にしてしまえばとりあえず攻撃してくる方向は一定になる。

 それに男達の動きが鈍いような……


 何だか遠巻きして視線の向きは上の方だ。

 間違いなくトマさんの動きに関心があるんだろう。


 男達の中心にいる痩せた男から、何か指示が出てる?

 あ、もしかしてドアが普通に開いてそっちからトマさんが逃げ出す可能性を考えているのか?


 多分それで正解だと思うけど、ここからどうしたら良いのか……

 僕もどう動いたら良いのかわからない状態で、膠着状態に陥ってしまった。


「お前、遺言状は!? その階段関係無しで……やっぱりドアか!」


 痩せた男から怒鳴られた。

 格好はまんまチンピラだったけど、多分コイツが千馬なんだろう。確実に男達のリーダーっぽい雰囲気だし。


 だけど遺言状とトマソンの関係については知られてるのか。

 いや、知っているからこそこの場に現れたわけで……でも佐久間さんが……ええい!


「ゆ、遺言状は僕が持ってる!!」


 と、叫び返しておいた。

 とにかく、トマさんから注意を引き離さないと。


 だけど僕は、千馬は同時にトマさんの様子を見ることが出来ることを忘れていた。

 一瞬気色ばんだ千馬だったけれど、すぐに、


「……ハッタリだな。てことは、女が向かってるドアが本命か。よし回れ!」


 と、見抜かれた。それと同時にますますトマさんに注意を引きつけてしまった。

 遺言状なんて……あるかも知れないから、勘違いでは無くなるのか。


 と、とにかく男達のあとを追わないと――


 僕がそちらの方向に目を向けた瞬間、ドローンが飛び込んできた。

 英賀先輩だ。


『トマさん! 工具ぶら下げてるから、それを使ってドアを調べるんだ』


 ドローンを通して英賀先輩の声が聞こえて来た。


「わかった! すぐにやってみる!」


 トマさんの声が聞こえて、思わず上を見上げたら、トマさんからはグッドラックサイン。何とも頼もしい。


「くそ! もう面倒臭い! お前達さっさと回り込め! それにその階段にも――」


 千馬の指示が途中で止まった。

 部長と卜部先輩が建物の影から姿を現したからだ。

 卜部先輩が先行していて、部長を守りながらこちらに向かってくるのだが、本当に男達を圧倒している。


 木の棒を持っているだけだったけど、それを振るって、男達の手を叩くだけで周囲を制圧しているのだ。

 そして、そんな卜部先輩を押し出しながら、部長が叫んだ。


「千馬~!! もうお爺さまに連絡してるからね!」

「敬語を使えよ! あの爺ィなんか、お前の身柄抑えたら大人しくなるだろ!」


 あ、それはそうかも。

 部長も、うっ、と言葉につまったけど、何しろこっちには卜部先輩がいるからな。


 そのまま二人は僕の側にやって来て、改めて取り囲まれるような状態になったけど、これで卜部先輩は背中から攻撃されることは無い。

 蔦葛さんに連絡行ってるって事だし、後は粘るだけで良い……はず……


「くそ! こうなったら、無茶苦茶にしてやる!」


 状況の不利を理解してしまったのだろう。

 千馬がわかりやすく自棄になってしまった。


 こうなったら多勢に無勢。

 蔦葛さんの救援が来るまで粘れるかどうか、あやしくなってきた。


 そのまま乱戦一歩手前、ぐらいになったその時――


「ゆ、遺言状見つけた!!」


 トマさんの声が響く。


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