番号90

 ここで黙っている手は無いよな。

 何となくそう思ってしまう。つまりビルの内側からは先輩達で、僕達が外からドアの位置を連絡すれば効率的だろうしな。


 僕はトマさんに声を掛けて、代わりに自分がやると告げた。

 何にしろ僕の方が階段に届く確率は高い。トマさんもそれを感じていたんだろう。すぐに僕に場所を譲ってくれた。


 それどころか、


「ね、こういう時は、こうやるんじゃない?」


 といって、バレーのレシーブみたいな体勢になる。両手を組んで、何かを受け止めるような感じ。

 つまりはそこに僕の足を乗せて、一気に持ち上げる、みたいな事をやりたいと。


 ドラマとか映画で時々見かけるけど……とりあえずやってみるか。

 壁に横にする形で、階段を正面に。


「一、」

「二の、」


「「三!!」」


 で、僕は目一杯背を伸ばしながら飛び上がった。

 足下がおぼつかないけど、逆に思った以上に高く飛べている感触もあって、何だか気持ち悪い。

 

 それでも成功は成功だ。

 僕は余裕で階段にしがみ付くことが出来たんだから。


「やった! そのまま行っちゃって!」


 下を見れば、体勢を崩して寝転がっているトマさんが笑顔でエールを叫んでいた。

 僕はその声に押されるようにして、まずは片膝を上げて階段にしがみ付いた。


 うん、階段は割と頑丈……な気がする。揺れてる感じはあるけど。

 後は何とか身体を持ち上げて――ドヤ顔を見せつけるためにトマさんへ視線を向けると、


「――! ――!」


 トマさんが複数の男に押さえつけられていた。


「な!?」


 と、改めて飛び降りようとしたが、苦労して登った分だけ高さもそうとうだ。

 ほんの一瞬だけ躊躇ってしまう。


 その一瞬が致命的だったのだろう。

 男たちはトマさんを押さえつけるだけでは無く、口元を抑えながら持ち上げると、何だか病的に痩せた白スーツの男の元へ走り出したのだから。


 今度こそ僕は飛び降りて、男達が向かった方向に駆けだしたんだけど……もう手遅れであることは明白で。

 何故躊躇ってしまったのか? そのまま男達の上に飛び下りれば良かった。


 ただ、後悔だけが僕の手に残されていた――


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