番号89

「十善はなぁ。家族に恵まれなかった」

「結婚は……」

「妹がいたんだよ。バチがあったのかさっさと死んじまったが、その息子も質が悪くてな」


 蔦葛さんの言葉遣いがいきなり悪くなった。

 それだけで、その妹と甥の為人が窺えるというものだ。


「嬢ちゃんを駕籠市に招かなかった理由の一つは確実にこれだろうな。その質の悪い甥、千馬が市には蔓延っている。卜部くんが感じた視線も、恐らくは千馬の手下共だろう」


 そ、そんな状態なのか、この市は。

 間違いなく駕籠屋さんも蔦葛さんも、その千馬を排除しようとはしたんだろう。


 駕籠屋さんの身内だから徹底的には出来なかったかもしれないけど、なんとか抑え込もうとしたんじゃないかな?

 それでも千馬は力を持ってしまった。


 ある意味では才能のある人物なのかもしれない。


「……で、だな……」


 再び蔦葛さんの視線がトマさんに向けられた。

 このタイミングでトマさんを気にしたと言うことは……


「――十善は少し前にこの世を去った」


 ……ああ、やっぱりそうか。

 恐らくは先輩達も、それにトマさんもその覚悟はしていたんだと思う。


 それでもその決定的な言葉は、僕達を身じろぎさせた。

 呆けたままのトマさんが、そんな言葉にだけ反応してしまうのは、あまりにもひどいと感じてしまう。


「死因は脳溢血だ。その点に不審な点は無い」


 そんな僕達を励ますように、蔦葛さんは事務的な内容を力強く断言した。

 もしかしたら僕達がそんな風に想像する事の無いように注意するつもりもあったのだろう。


 だけど、それで新たな問題が起こっていることも明らかだ。

 駕籠屋さんが亡くなった。


 となれば、その遺産とかそういったものを引き継ぐのは、問題のある千馬という人物になるだろう。

 そして、トマさんはきっとそれに巻き込まれたんだ。


 ……トマソンがそう絡むのかはわからないけれど。


・駕籠や十善という人はどういう人物だったのだろう? 番号68へ


・状況は大体わかったけど……。番号51へ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る