番号87
それとも……
そうだ。まず大事なことはトマさんの意志だ。
僕は焦ってしまって、トマさんの事をおざなりに扱ってはいなかっただろうか?
あれやこれやと理屈をつけて、トマさんと向かい合うのを避けてはいなかっただろうか?
僕はずっと難しい表情のままのトマさんに声を掛ける。
「――トマさん、慌てる必要も無いし、一発で当たりを引く必要も無い。慎重に自分の中に引っかかりを大事にして」
本当に今更ながら、僕はトマさんにそう声を掛けた。
そして、
「もちろん、トマソン巡りは続けよう。トマさんにはそれが大事だって思えるんだよね。それは大前提だから」
と、大切な部分を付け足す。
トマソン巡りをやめるという選択肢はありえない。
トマさんと出会ったのもトマソンがあったからこそ。
トマさんがトマソンにこだわったからこそ。
僕はあくまでトマさんのサポートに徹しよう。
そんな僕の言葉に、トマさんは一瞬呆けたような表情を浮かべる。
やがて、その頬が朱色に染まってゆき……
「……あ、あのね。あたしは空中階段が良いと思うの。ドアと一緒になった奴」
「ああ、あれか。確かにトマソンらしいよね。まったく意味が分からない」
ドアの前に踊り場(?)みたいなものがあるから、意味があるように見えるけど、その踊り場から続いている階段は壁に沿って下降して行き、結果地面にも届いていない。
二重に意味の無さを重ねているというか。
ああ、さっき行った階段が重なっているトマソンの完成形とも言える。
……いや、完成したらトマソンじゃないんだけど。
とにかく存在自体が、不可解さを表してることは間違いない。
「そう。そうなのよ。多分記憶をなくす前のあたしも、そういう部分に惹かれていたと思うのよ」
そしてトマさんも同じような感覚を魅力として捕らえていたようだ。
となると、向かうべきは――
「よし、そのトマソンに行こう」
「そうね。行きたいところから――そうだ、ちょっと待って」
同意してくれると思っていたトマさんから制止の声が。
他のトマソンが良いのだろうか? と思っていると、トマさんは胸元で跳ねていたウサギのペンダントを外して、僕に差し出した。
「え? これは?」
「大事なもの。それは記憶を無くした私でもわかる。だから、君が持っていて」
その行為にどれほど意味があるのかわからない。
それでも僕は、どうしようもなくそんなトマさんに惹かれてしまった。
――トマソンに惹かれるように。
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