番号68

「十善は仕事の面では巨人だな。『十全』なんて呼ばれてはいるが、路面電車のことといい、全部成功していたわけじゃないが、その功績は疑いようがない」


 それはそうだろうな。「駕籠」市なんて個人名が付いた市が出来てしまっているんだから。


「ただその反面、私人としてはあまり上手くは行かなかった。結婚も出来なかったしな。それには様々な理由があるわけだが、恐らく最後には十善は人間不信気味になっていたんだろう」

「人間不信って……それでお仕事が出来るの?」


 部長が、そんな当たり前の疑問を口にする。


「その点は問題なかった。元々、甘い男ではなかったしな。厳しくするべき点と、甘く人の心に入り込む術を十分に弁えている男だった。その辺りは老練の巧みさがあったな。それに……何と言うか十善自身が、自分を信じていなかった部分があったように思う。後から考えてみるとな」

「ああ、それは……何となく人を惹きつける理由になる気がします」


 英賀先輩が深く頷いていた。

 それは僕には実感できないけれど、卜部先輩も感じ入ったように深く頷いている。


 しかしそう人物だったとすれば――もしかしたら……


「トマさんへの接し方もそれが理由で中途半端になった?」

「ああ、そういうことじゃないかと私は考えている」


 僕の声に蔦葛さんは、顎髭をしごきながら答えてくれた。


 確かに自分自身を信じられないのなら……それに家族を持てなかったとするなら、安易にトマさんを引き取ったり援助して、謂わば恩を着せるようなことしてマウントを取ってしまうことを嫌がったのではないか。


 駕籠や十善という人は全然知らなかったけど、トマさんが慕うに足る人物なのだろうと……僕は感じてしまった。


・そんな十善の周囲は……。番号89へ


・では今の状況は? 番号51へ

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