番号63
次に僕がやることは確かに、トマさんに色々聞くことではあるのだろう。
しかし、それを強引に行うべきなのか。
駕籠屋さんとのこと。それに佐久間という人物について。駕籠屋さんと親しくしていたのなら、多分知っているんじゃないかと思う。
もしかしたら千馬という人物についても。
けれど、トマさんは記憶喪失なんだ。
と言うことは、もっと自分の根っ子にある鈴芹永安さんというお爺さんのこと。
それにご両親が事故で亡くなっていることも忘れてしまっていると言うこと。
それをトマさんはいっぺんに知ることになったのだ。
それは必要……だったとしても、トマさんの心に、僕達はどれだけむごいことをしてしまったのか。
「美穂嬢ちゃん。今は“トマさん”の方が馴染んでいるのか? とにかく今は休んだ方が良い。いや、今だけではなく千馬が大人しくなるまでここにいると良い。その後はちゃんと病院だな」
あ、そうだな。病院に行く。
それが当然、最初にするべき事だったんだ。
「……お爺さま、すいません……」
「確かに、部長であるのならお前がしっかりとするべきだった。だが、今更それを言っても始まらない。皆もここでゆっくりしてくれ」
部長も、それに英賀先輩も卜部先輩も首をすくめている。当然僕もだ。
どうも僕達はトマソンに魅せられて、ずっとおかしなことをしていて、それに気付きもしなかったようだ。
「嬢ちゃんもな。そういうことだからまずは休んでくれ。その十善の写真は持っていっても良いぞ。随分若い頃の写真だから、あまり馴染みはないかもしれないが……」
「いえ……」
ついに、トマさんが反応した。
一瞬にして部屋中に満ちる緊張。思い出せたのか?
「……はっきりはしないんですけど。あたしは確かにこの人を知っている……気がします。面影のようなもがあるんでしょう。そして、それに連れて“トマソン”という言葉も……」
どうやらまだダメのようだが、確かにトマさんと駕籠屋さんは知り合いであるらしい。そして再び出てくるトマソンという言葉。
やっぱりこの辺りがわからないなぁ。
「……そうか。嬢ちゃんと十善がどういう風に交流していたのか私にはわからないのでな。アドバイスは出来そうも無い。ただ今は休めとしか、な」
「はい……ありがとうございます。それに皆さんにも……」
そんなトマさんの言葉に一斉に首を横に振る僕達。記憶喪失の彼女を引っ張り回しただけ、のようなものだったしな。
それでもトマさんはゆっくりと立ち上がり、カップが載せられたローテーブルにポートレートを置いた。
それに収められている写真。
写っているのは、友人なのだろう人物と肩を組んで、快活に笑うオールバックの壮年の男性。
この人物が駕籠屋十善なんだろう。
記憶を失って尚、トマさんを揺さぶる人物。
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