番号58

 そ、そういうことだったとしてだよ?


 この状態から、どうやってどうするんだ? 布団は当然まだ敷いてない。

 となると――キスなのか? 多分そこから始まるのだろう。


 いや、始まりを探すならキスじゃ無くて……肩を抱く、とか?

 確かにこれならハードルがグッと下がった感じはあるな。


 今だって体勢とか距離とか、肩を抱くのと変わらない感じ。

 あとは右手を添えるだけ。


 そ、それだけなら……トマさんがどういうつもりなのかも、添えるだけでわかるわけだし。例えば、ダメだったとしても身体を支えるだけとか言い訳もしやすい――


「ああ、ごめんね。あたしだけ興奮しちゃって。眠いんでしょ? 何だか興奮しちゃって……お酒のせいかな」


 僕の様子がおかしかったのを、トマさんはそんなふうに受け取ってくれたらしい。

 ……待てよ? トマさんはお酒を飲んでもいい年齢なのだろうか?


「あたし、もしかしたらお酒飲むの初めてだったのかも」


 僕の心配を見透かしたかのように、トマさんがそんな事を言い出した。

 これは本格的にヤバイ? いや、バレなければ……


「ああ、でも何だかずっと酔っ払ってるみたいな感覚があるのよね。記憶を無くしてるからあてにならないんだけど」

「それは……居酒屋でお酒を飲む前から? トマさんがってこと?」


 何だかおかしな順番で尋ねてしまった。

 僕も酔っているらしい。


「うん、そういう感覚。……何言ってんだ、あたし」


 そう答えてくれたトマさんは、確かにどこか酔っているのかもしれない。

 そしてその自覚こそが、お互いを酔いから引き離したようだ。


「へへ」

「うん」


 思わず見つめ合って、小さく笑い合う僕たち。

 それは、お互いに「そろそろちゃんと寝る準備をしよう」と確認するための儀式にも似ていた。


 ……いや、ちゃんと睡眠欲を満たす方の「寝る」だからね。


・番号76へ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る