番号57

 とにかく幸運だった。

 そう思うことにしておこう。


 階段が重なったトマソンがある地域はどこか田舎然としていて、路線バスも頻繁には走ってはいない。


 ……んだけど、さすがは駅前のロータリー。

 そして、タイミング良くトマソンがある地域への路線バスに乗ることが出来た。お昼と言うことで、仕方なしに運行しているようなバスにだ。


 案の定と言うべきか、他に乗客のいないバスで北に向かい、停留所の他には何も無いような場所で降りる。

 ……同じ駕籠市のはずなんだけどな。


 どうも問題のトマソンは市境を流れる川。その堤に登るために設置されたものようなので、迷う必要は無かった。

 降りた瞬間に、堤が「ドン!」と視界に飛び込んでくるからだ。


 あとは堤を視界に納めながら北に進めば――


「あった」

「あったね」


 目当てのトマソンはすぐに見つけることが出来た。

 実際に来てみてわかることは、


「何だか小さい」

「そうね」


 ということだった。

 あの画像は比較するものがなかったから、気付かなかったみたいだな。


 この大きさの違いによって、トマさんは僕よりもダメージを受けている気がする。

 画像では何か引っかかるものがあったのだろう。ただこの大きさではあまり感じるものがなかったようで、


「使ってみようか。これは間違いなく使えると思うし」


 という僕の誘いにも浮かぬ顔のままだった。


 そこで改めて考えると、果たしてこの階段はトマソンなのか? という根本的な疑問に戻ってきてしまう。


 必要があるから金属製の階段が設置されたのだろうから、使えないって事は無いだろう。とすると、トマソンとなっているのは土台の石造りの階段ということになるんだけど……これはどうなんだろう?


 意味が分かるんだよなぁ。

 とにかく、ここは外れっぽい。いや、何がどうなったら「当たり」なのかどうかはわからないままなんだけど。


 ――その時だ。


「鶴城さん! 鶴城美穂さんですよね!? やっと会えました!」


 鶴城美穂、というのはトマさんの名前だ。

 だけどトマさんにはその自覚が無いから、その声にも反応しない。


 代わりに僕が、というのもおかしな状態なんだけど、声の主を確認してみると三十才ぐらいの男性。いや多分まだ二十代かな?


 髪をセンター分けにしていて、その容貌は怜悧、という感じだ。

 白のカッターにネクタイ。チャコールグレイのズボンという社会人というかサラリーマンに見えるけれども、この時刻に?


 こんな何も無いような場所に?

 いや、トマさんの名前を呼んでいるのだから関係者には間違いない。


 となると千馬の手下だろうか、とも思うけど何か様子がおかしい。

 そんな僕の感触を裏付けるように、その男性は続けてこう言った。


「私ですよ。佐久間です。まさかお忘れになったわけでは無いでしょう?」


 ……実はそのまさかなんだよなぁ。


 佐久間という名前も聞き覚えがある。

 確か駕籠屋さんの秘書みたいなことをしていたって……それならトマさんと面識がある可能性はあるな。


 僕は思いきって、佐久間さんにトマさんが記憶を失っていることを説明した。

 その間も、他人事のような面持ちのトマさんの様子が強力な傍証になったのだろう。


 佐久間さんは驚きながらも、僕の説明を理解してくれたようだ。

 そして、佐久間さん側の事情を説明してくれることになったわけだけど……


「とにかく、涼しいところで。お昼でもとりましょう」


 確かに……そう言えば食べるのを忘れていた。

 僕達は佐久間さんの車に乗って駕籠市の中央へととって返すことになった。


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