番号56

「じゃあ、改めてトマソンについて調べてみるか……」


 と口に出したは良いんだけど、どうやって調べれば良いのか、さっぱり見当が付かない。

 言ったばっかりだけど、やはり「トマソン」頼りで探そうとするのは無理がある気がしてきた。


 僕は苦し紛れに、


「ねぇ、他に引っかかってる言葉ないかな? 君が――」

「それ、イヤだわ」


 へ? 何が?


「その“君”って言う呼び方。何でも良いから、適当に名前付けてよ」

「いや、適当、になんて言われても。大体、君だって僕のことを“君”って言うんだし」


 確かにややこしいけれども。


「君はそれでも、イヤじゃ無いんでしょ? あたしはイヤだって言ってるんだから、頑張ってほしい」

「じゃあ……君が考えなよ」

「君が一番に、あたしを呼びそうなのに?」


 それはどうなんだろう? とは思うけど、確かに現状で一番「彼女」に呼びかけそうなのは僕だろう。

 となると、僕が呼びやすい名前を考えた方が効率的――なのか?


 僕としてはそれよりも「トマソン」について……


 ……あ、そうか。


「……とまさん」

「だから『トマソン』について考えるよりも先に――」

「そうじゃなくて、名前だよ。とまさん、っていう呼びかけにしたいから、正式には『トマ』で、さんを付ける」


 正式という言い方はおかしいんだけど、理屈ではそうなってしまうな。

 そして僕に名を付けられた「彼女」――トマさん(仮名)は苦み走った笑みを浮かべていた。


 やっぱりボツか。

 僕がそう思った瞬間、


「――イイネ!」


 と、トマさん(決定稿)からは「トマさん」が承認されてしまった。

 やっぱりややこしい。


「トマソンへのこだわりがよくわかる名前だわ。それに響きが独特……な気がする」「その点は大丈夫だと思う。あんまり“トマ”って名前へは聞いたことが無いし」


 記憶喪失状態では、それが珍しいのかどうかわからないのだろう。

 多分、トマさんが気にしているのはその辺りだと思うけど、割とどうでも良い部分な気もする。


 それにおかしな響きの名前と言えば……


「――あ!」


 僕は思わず声を上げてしまった。

 それと同時に、スマホで現在の時刻を確認する。


「な、何?」


 さすがにトマさんも驚いているようだが、僕はそのまま説明を始めた。


「実は、大学がっこうの先輩が“りっせ”って言う名前なんだけど――」

「それは珍しい気がするわ」

「そう。で、僕はその先輩と同じサークルなんだ。そのサークルの名前は『推理小説サークル』って言うんだ」


 果たして、これで伝わるのだろうか?

 トマさんは記憶喪失なわけだし……


「もしかして、相談に乗ってくれそうなの?」


 あ、通じたみたいだ。

 じゃあ、そのまま説明を続けよう。


「うん、それで今日はそのサークルの会合があるんだよ。大学がっこうは夏休み中なんだけど、居酒屋で会おうってことになってるんだ」

「それは……うん、あたしも参加させて貰っても良いかな?」


 トマさんは思った以上に話が早くて、積極的だ。

 僕は大きく頷くと、すぐさま部長の蔦葛つたかつ葎仙りっせへと連絡した。


・番号3へ

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