番号54

「ちょっと待って」


 部長がトマさんに制止の言葉を投げかけた。かなり緊迫した声で。

 トマさんは一応それで止まりはしたけど、前傾姿勢のまま。


 いやそれよりも――


「トマさん、どうしてそんなに身支度を調えてるの? ポーチも付けてるよね?」


 それだ。

 ポーチのことまでは気付かなかったけど、確かにトマさんは……


「出ていくつもりなの? こんな時間に? いいえ、そうじゃなくて、どうしてわざわざ危険に――」


 部長のもっともな呼びかけに、もうトマさんは返事すらしなかった。

 ただ無言で走り出しただけだ。向かう先はきっと玄関ホールに違いない。


「――待って!」


 僕は反射的にトマさんの小さな背中を追いかけた。

 

・番号60へ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る