番号16

 このタイミングで来客!?


 いや、そんなはずはない。今の騒動の関係者か、千馬の手下。あるいは千馬本人。ああ、先輩方が追いかけてきてくれている可能性もあるか。


 それら様々な可能性が頭の中に浮かんで来る。トマさんはそこまでではないんだろうけど、緊張した面持ちで玄関を見つめていた。


 そうか玄関。

 窓から逃げ出せば大丈夫なんじゃないか?


「――すいません。私は佐久間と言います」


 玄関の扉の向こうから聞こえてくる声、それにその内容。

 全部が僕の意表を突いていた。


 まず乱暴な風では無い。それでいてこのタイミングで僕の部屋を訪れる可能性はゼロではない相手だ。

 僕は佐久間さんの顔も知らないけど、蔦葛さんが連絡を取ろうとしていた相手の名前であることはさすがに覚えている。


 これは……どうすればいいんだ?

 本当に佐久間さんなら、助けを求める相手としては最適なはず。


 トマさんのトマソンへの執着振りはいったん置くとしてだ。


 だが、これがもし嘘だったら?

 いや、佐久間さんの名前が出たのは偶然だったはず。それでいきなり佐久間さんの名前を騙ろうなんて発想に――


「こちらに鶴城美穂さんがいらっしゃいますよね?」


 鶴城美穂とは、改めて確認するまでもなくトマさんの名前だ。

 それだけで、玄関の前の相手を信じていいなんて理由にはならない。


 だけどこの時は何となく、感じてしまった。

 玄関の向こうにいるのはきっと「佐久間」なのだろうって。


 僕とトマさんは同時に頷き合うと、


「はい――」


 と、僕が短く声を返す。

 すると向こうから本当に嬉しそうな声で、


「ああ、良かった! 鶴城さんには面倒な頼み事をお願いしてましてですね。それで全然連絡が付かなくなったものですから、心配してたんですよ」


 と返ってきた。


 頼み事? それはもしかして――と思いながら僕の身体は弾かれたように玄関へ向かい、扉を開けていた。

 我知らず、という言葉は本当に必要なんだ、と後から理解出来るほどの無意識の判断だった。


 そして扉の向こうには、恐らくまだ二十代なのだろうと思われる人物がいた。

 センター分けで、怜悧な面差し。ただこの時は本当に喜んでいたのだろう。感情がそのまま窺えるような安堵した雰囲気がある。


 ローカラーの白の半袖シャツに、グレーのスラックス。

 私服にも見えるが、何となく牧師さんとかの聖職者みたいに見えた。


「何やら事態が緊迫しているとやっと報告が上がって来ましてね。それでとりもなおさず私からの謝罪は必要だと――あ、これ私の名刺です」


 名刺に書かれている名前は「佐久間流」と記されてあった。


              ◇


 僕は蔦葛さんからの連絡で佐久間さんが動いてくれたのだと思っていたけど、そういうことではないらしい。

 どうやら佐久間さんとは連絡のすれ違いが起こっていたらしい。


 その証拠に、佐久間さんは心底驚いた様子で、


「記憶喪失!? まさか……いえ、それなら今の状況が概ね理解出来ます」


 と、トマさんを見ながら呻いたのだから。

 どうもお互いに、持っている情報に欠落があるようだ。


 この機会を逃す手はないよな。


・先にこれまでの出来事を伝える。番号74へ


・先に何が起きているのか教えて貰う。番号45へ

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