番号10
「――十善って男はとにかくエネルギーに溢れていてな。次から次へと事業を興すんだ。それが全部成功するものだから、十善っていう名前だから『十全』なんて頭の中で漢字を差し替えて読んでる奴も多かったな」
「なるほど、全うするの十全ですね。確率百パーセントだ」
蔦葛さんの説明に、英賀先輩が合いの手(?)を入れる。
駕籠屋十全という人物については英賀先輩も卜部先輩もよく知らないらしい。
お爺さま――蔦葛さんは出し惜しみせず色々教えてくれようとしてくれていたんだけど、まず僕達は「駕籠屋十全」への基礎知識が足りてなかった。
そこでまずはその辺りの講義から始まった、と言うわけだ。
場所は隠居所のリビング。リビングというかもはやホールと呼びたいぐらいの広さがあった。しかも南側に面した部分は全部ガラス。
隠居所が高い場所にあるので駕籠市を見下ろしている感じがある。
確かに顔役の隠居所みたいではあるな。そして蔦葛さんは駕籠市を背負うかのような位置の一人がけのソファに腰掛けていた。
僕達はその周囲のソファに腰掛けたり、クッションに座ったり。
要するに、それぞれくつろいだ姿勢で、蔦葛さんの説明を拝聴している状態だ。
……本物のメイドさんって、いるところにはいるもんだなぁ。
そして駕籠屋十善こそが駕籠市を作り出した張本人で、蔦葛さん“達”はそんな駕籠屋さんの協力者であったらしい。
蔦葛さんは駕籠屋さんを利用して学校を作ったのだ、と偽悪的に説明してくれたが、そんな簡単なものでは無いだろう。
この市の成り立ちは大体理解したところで、蔦葛さんの説明は次のフェーズに移った。
「――十善には親友と呼べる男がいた。
その名前を出したとき、蔦葛さんはチラリとクッションに埋もれてしまいそうなトマさんを見遣ったが、トマさんはずっとポートレートとペンダントを抱えたままで呆然としている。
いやバスの中で「駕籠屋十善」という名前を聞いたときから、トマさんは心ここにあらずといった感じだ。
記憶が戻ってきたのだろうか? と、そこだけは確認してみたんだけど、首を横に振るだけ。
もしかしたら……思い出すことが出来ない自分に呆然としているのかもしれない。
「その鈴芹さんは何処にいるの?」
部長もその辺りは知らないらしい。別のソファにもたれかかりながら蔦葛さんに尋ねる。
鈴芹さんはトマさんのお爺さんと聞いているから、当然の疑問だろう。だけど蔦葛さんは首を横に振った。
「美穂嬢ちゃんなら知っていたと思うんだがな。鈴芹さんは、駕籠市から……十善の側からいなくなってしまった」
「え?」
「実はな……」
鈴芹さんの娘さん夫婦、つまりはトマさんのご両親は交通事故に遭って亡くなってしまわれたらしい。それで悲しみにくれた鈴芹さんは幼いトマさんを連れて駕籠市から出て行ってしまって、以降消息不明だったらしい。
この当時は駕籠屋さんもかなり荒れたらしくて、その結果として市の南側に路面電車が無計画に設置されることになったらしい。交通事故を防ぐ気概を持って。
あの無茶苦茶さに、そんな理由があったなんて……
「だが、十善は立ち直った……と言うのもおかしいとは思うが、とにかく美穂さんを見つけ出した。そのことを私も含めて数人には教えてくれた。一緒に撮った写真も見せてもらった」
そうか。
トマさんの様子を見ていれば何となく察することが出来ていたが、やっぱりトマさんは駕籠屋さんと会ったことはあるんだ。
だけどそれなら――
「どうして駕籠屋さんはトマさんを呼ばなかったのかしら? 駕籠市に呼んで、露骨なやり方だけど金銭的に援助するとか」
僕の疑問を部長が汲み取ってくれた。路面電車のことと良い、駕籠屋さんの思い入れは相当なものだ。
その割にはトマさんへの接し方が、淡泊すぎるような。
部長の疑問に一理あることを認めたのだろう。蔦葛さんは長くため息をついた。
そして、こう続ける。
「十善は、十善自身とその周囲が複雑になっていてな……」
・十善自身の問題を聞いてみる。番号68へ
・十善の周りの状態について聞いてみる。番号89へ
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