第201話 「う゛う゛う゛う゛う゛……っ!!」
楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎるもので、バス停での集合時間までもうすぐ三十分になろうとしていた。
「う゛う゛う゛……!」
――グリグリ。
そろそろ出る準備をしなきゃなと思うころ。
白い頭頂部が、俺の頬に押し付けられていた。
「う゛う゛う゛う゛う゛……っ!!」
「すまん……」
言わずもがな、早霧である。
体中にしたキスの後に唇にキスをして、やり過ぎてしまった俺は早霧に無言の攻撃を受けていた。
いや、無言ていうか唸っている。
俺の頬に押し当てられる頭部からは、シャンプーの爽やかな香りがした。
「蓮司のせいだからね……」
「本当に、すまん……」
ベッドの上に腰かけ、肩をピッタリとくっつけたまま早霧が俺を見上げてくる。
淡い色の瞳はジト目になっているが、半分睨んでいるに近かった。
「私が着替えを持って来てたから良かったけどさぁ……」
「ああ、そうだな……」
小言をこぼしながらまた頭頂部で俺の顔がグリグリされていく。
言わなきゃいけないんだろうけど、やらかした立場的に言えないもどかしさが俺を襲っていた。
「ちゃんと後先考えてよね……?」
「ああ……」
言いたい、凄く言いたい。
このまま言わせっぱなしは良くないと思う。
「蓮司は本当に、えっちなんだから……」
「お前の恰好に言われたくないんだが!?」
「うぇっ!?」
「何でシャワー浴びてからずっと、スク水なんだお前っ!?」
言った、言ってやった。
スク水、そうスク水なのである。
学校指定のポロシャツとハーフパンツだった一時間前から様変わりした早霧は、スク水姿になっていたんだ。
……ここ、俺の部屋なんだけどなぁ。
「だって、蓮司があんなにえっちな事するから……」
「それは、すまん……」
ここで状況をおさらいしようと思う。
まずラジオ体操終わりに早霧がそのまま俺の家に来た。
そこから早霧のキスおねだりが始まり、俺は負けじと身体の色々な場所にキスをして焦らしてから唇を奪った。
焦らしに焦らされた早霧のキスは激しくて、気づけばお互い酸欠になるぐらいキスをしまくって三十分ぐらい過ぎていて……そこで早霧が言ったんだ。
『し、シャワー、浴びてくる……』
早霧曰く、大変な事になってしまったらしい。
何が大変な事になったかは、聞かなかったけど察しはついた。
そしてそこからまた三十分ぐらいかけて我が家のシャワーを浴びた早霧が帰って来たと思ったら、何故かスク水を着ていたんだ。
「あのさ、早霧……」
「……なに?」
そして、今のグリグリにいたる。
ベッドの上で、スクミズ姿の早霧が、俺にピッタリとくっついて頭頂部でグリグリしてくる。
とんでもない絵面と状況に、俺がまいた種とは言え頭がどうにかなりそうだった。
「何で、スク水なんて持って来てたんだ……?」
という訳で、一つずつ状況を整理していこうと思う。
理解したところでこの状況がどうにかなる訳じゃないんだけど、早霧の不思議な行動と発想に疑問は尽きないのだ。
「だって、河でゴミ拾いするって言うから……」
「河川敷だぞ……? 河の中でゴミ拾いはしないぞ……?」
「も、もしもの時はこれがあれば泳げるから!」
「そんなもしもが起きる河じゃないぞ!?」
今から向かう河川敷は、幅はあるけど流れは穏やかだし浅い河である。
小学生の厚樹少年たちならともかく、高校生が泳ぐには色々な意味で難易度が高すぎた。
まあとりあえず、スク水を持ってきた理由は分かった。
「じゃあ、何でさっきからその姿なんだ……?」
「誰かさんのせいで、着るものなくなっちゃったから……」
「いや少なくてもポロシャツとハーフパンツは無事だろう!?」
「でも恥ずかしい想いしたのは事実だし、蓮司にも恥ずかしくなってもらわなくちゃって思って……」
「恥ずかしいのは早霧の恰好だけどな!?」
何でコイツは俺に攻撃を仕掛ける時、いつも捨て身で特攻してくるんだろうか。
確かに俺の部屋にスク水姿の早霧がいる事によって非日常感はマシて、かなり、いやとても変な気持ちになるけれど、その恰好をしている早霧の方が確実に恥ずかしい筈だ。
「私は別に……蓮司になら、見られても良いし……」
「え……?」
「蓮司……好きでしょ……?」
そう言って、スク水姿の早霧が上目遣いで俺を見つめてくる。
この好きでしょと言う質問は、早霧ではなくスク水についてだろう。
ここ数日のアレコレで完全に変な誤解を与えてしまっているが、今の俺にはそれを釈明する余裕なんて無くて。
「好き……です……」
「……えっち」
逃げ場なんて、何処にも無かった。
好きな人が俺の部屋で水着を着ている、しかも学校指定のスク水を着てベッドの上に座っているというこの状況で、何も思わない筈が無いのである。
身体のラインがハッキリと浮かび上がるそれは、下手したら裸よりも恥ずかしいかもしれない。
だって水着は普通、泳ぐために着るものだから。
「……でも、見過ぎだよ」
「いや、だって……早霧が見ても良いって……」
そしてここでようやく恥ずかしくなってきたのか、早霧も顔が赤くなる。
その恥じらいがまた可愛くて、一度クールダウンした熱が、また沸き上がってきそうだった。
ねえ親友。今日もキス、しよっか? ゆめいげつ @yumeigetu
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