第198話 「じゃあ、かいさーん!」

「みんなお疲れ様ー! 今日もスタンプ押しちゃうよー!」


 どっちの方が好き勝負ラジオ体操が引き分けに終わり、早霧はスタンプを取り出して全員に声をかける。

 いつもなら太一少年が真っ先に向かうのだが、今日は彼と両想い幸せ三角関係を謳歌している少女二人が先だった。


「はい! 真里菜ちゃんと美玖ちゃんに今日のスタンプ! ねえねえ、さっきの勝負、私たちの好きの気持ちの方が大きかったよね?」

「オオキカッタ!」

「え? あ、あぁ……そう、ですね……」

「は、はい……ドキドキ、しちゃいました……」


 大人げなく味方を増やそうとしている早霧に同調するアイシャ。

 ポニーテールの活発少女である真里菜は露骨に目を逸らし、大人しい美玖は被っている麦わら帽子をより深く被っていた。

 どうやら向こうは、勝つためには手段を選ばないらしい。


「まったく……正々堂々という言葉を知らないのかあの二人は……。その点、俺たちの方が真っ直ぐ気持ちを伝えられたと思うんだが、太一少年はどう思う?」

「太一、ここは正直に答えて良いよ!」

「厚樹も兄さんも、すげー馬鹿なんだなってのが分かった」


 数の暴力には屈しない。

 俺と厚樹少年が唯一いる男仲間の太一少年を味方につけようとしたが、何故か失敗に終わってしまった。

 どうやら彼はあくまでも中立の立場らしい。


「つーか厚樹よぉ。お前そんな面白い事やってんなら最初っからラジオ体操に顔を出せよなー!」

「でも、アイシャと喧嘩したのは昨日からだし、それまではアイシャとの残りの時間を……」

「うるせー! よく分かんねぇけど、皆で遊んだほうが楽しいだろうがー!!」

「痛い痛い! 痛いよ太一!?」


 そんな中立の太一少年が厚樹少年にヘッドロックをお見舞いした。

 タップをしているが本気でかけているというよりは動けなくしてるレベルだし、言ってる事も太一少年の方が一理あるので見守る事にする。


「……えいや!」

「うおっ!?」


 そんな少年二人の仲睦まじい様子を見守っていると、突然横から俺の頬に何かが当たる感触があった。

 驚いて顔を向けて見れば、そこにはスタンプを持つ早霧の姿。……そして、その手に持っていたスタンプは俺に向けられていた。


「へっへーん、毎日ラジオ体操に来ている蓮司にも、スタンプだよ~?」

「す、スタンプって……俺の顔にか!?」

「うん!」

「うんじゃないが!?」


 悪戯が成功して満面の笑みを浮かべる早霧には、後で仕返ししてやろうと強く決意する。

 こんな丸くて大きな赤い花丸スタンプをつけたまま河川敷にゴミ拾いに向かったら、長谷川やユズル、それに他の人にも笑われてしま……あっ。


「そう言えば皆は、この後に何か予定あるか?」


 そこで俺は思い出す。

 厚樹少年たちがゴミ拾いに参加するのかどうかを聞こうとしていたんだ。

 喧嘩が原因とは言え今ここには全員が揃っているから、聞くなら今が絶好のタイミングである。


「この後? ううん、別にないぜー?」

「あ、ありませんけど……痛い痛い! 痛いからそろそろ離してー!?」

「アツキとタイチも、仲良し……」

「アイシャ、アレは別だから嫉妬しちゃ駄目よ?」

「お、男同士の友情だよ……?」


 人数が多くて賑やかでも、素直な小学生たちは全員俺に視線を向けてくれた。

 だから俺は言葉を続ける。


「よければこの後……って言っても集合がお昼前だから少し時間はあるんだが、河川敷でゴミ拾いのボランティアがあって、俺と早霧や友達が参加するんだ。思い出作りと言ってはアレだけど、皆で一緒にやって見ないか?」


 そう言って俺は厚樹少年に視線を向ける。

 頭の良い彼はヘッドロックをかけられながらも、俺の意図を汲んですぐに頷いてくれた。


「い、良いですね! アイシャ、一緒に行こうか?」

「アツキが行くなら、アイシャも行く!」


 さっきまで喧嘩をしていたとは思えないぐらいに仲良しの二人である。

 うんうん、これならもう大丈夫そうだ。


「おー、面白そうじゃん! 厚樹や兄さんたちが行くなら俺たちも行くぜ!」

「一番部屋汚い奴が何言ってんのよ……まあ、私も行くけど」

「わ、私も……!」


 それに賛同して太一、真里菜、美玖の幸せ三角関係トリオも頷く。

 仲良いことはとても良いことだが、太一少年はいつまで厚樹少年にヘッドロックを続けているのだろうか?


「じゃあみんな、十時半に大通りのバス停で集合で良いかなー?」

「は、はーい!」

「ウン!」

「おう!」

「分かりました!」

「は、はい……!」


 そこにすかさず早霧も入って、全員に指示を出す。

 流石は早霧だ。

 持ち前の明るさと人懐っこさで、こういうのはお手の物である。

 ポケットからスマホを取り出して時間を見ればまだ八時半。家に帰ってゆっくりしたって、二時間ぐらい余裕があった。


「じゃあ、かいさーん!」

「はい……って太一そろそろ離してよー!」

「おう悪い悪い! じゃあまた後でなー!」

「じゃあアイシャがアツキにくっつくー!」

「アイシャ、かなり大胆になったわね!?」

「あはは、じゃあ私たちもまた後でね……」


 そして早霧の号令によって、小学生たちは元気よく全員公園を後にする。

 最初はどうなるかと思っていた喧嘩も終わり、これで俺たちも一度家に帰ってゴミ拾いに備えるだけだ。


「ふっふーん……!」


 ――そう、思っていたんだけど。


「……何でお前は家に帰らないんだ!?」

「私の方が、蓮司の事を好きだからね!」


 早霧の中ではまだ勝負が終わっていなかったようで、公園から帰った後はそのまま俺の部屋に転がり込んできたんだ。

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