第195話 「私の方が好きだよ!」

 俺の聞き間違いだろうか?

 昨晩、今にも泣きそうな声で電話をしてきて、今日もずっと深刻な表情だった厚樹少年の口から発せられた喧嘩の理由の意味が不明だった。

 いや言ってる言葉の意味はわかるんだけど、それが喧嘩になる理由まで俺の頭では追い付かなかったんだ。


「すまない厚樹少年……もう一回、言ってくれないか?」

「で、ですから僕はアイシャのことが世界で一番好きって言ったのに、アイシャはそれよりもっと僕のことが好きって言うんです! 僕の方がアイシャのこと大好きなのに!」


 なので一筋の希望を持って、もう一度聞いてみることにする。

 ほとんど同じ返事が返ってきた。

 どうやら喧嘩の理由は本気でどっちが相手のことを好きかって話らしい。


 そんな馬鹿なと思ってしまうけど、目の前にいる少年の瞳は本気だった。


「あー……じゃ、じゃあそうなった経緯……順番を最初から教えてくれるか?」

「はい……アイシャは、今月いっぱいでイギリスに行っちゃうじゃないですか?」

「……そうだな」


 ヤバい、どうしよう、脳がバグりそうだ。

 トンチキな喧嘩の理由から、許嫁の二人が離れ離れになる重大な話が現れた。

 真面目な話なのに状況が重すぎるせいで、俺はどう返事をすれば良いんだろう。


「でも蓮司お兄さんや早霧お姉さんと話して、悲しい話をするんじゃなくてもっとアイシャといる今の時間を大切にしようって思ったんです」

「それは、良いことだな……」

「はい。それでイギリスはどんな所なのって聞いたり、将来結婚したら日本とイギリスどっちに住もうかとか色々話したんですよ」

「すごいな……」


 小学五年生でもう将来設計のことを考えている二人だった。

 いやこれは俺と早霧も似たようなものかもしれないけれど、それを人の口から聞くのはとても新鮮である。

 なんていうか……いくら可愛い弟分でも、聞いてるこっちが恥ずかしくなる部類の話だった。


「それで日本もイギリスも、どっちも良いねって話からお互いに好きな所の話になってですね……」

「おう……」

「僕の方が好きなのに、アイシャがそれを認めてくれないんですよ……!」

「な、なるほど……」


 なんとなく、わかった気がする。

 つまりこれはアレだ、お互いに好き好きと言い合っていたら変な方向にヒートアップして後に引けなくなってしまった的なアレだ。

 仲が良いのは素晴らしいことだけど、まさか仲が良すぎるから喧嘩に発展するなんて本当に二人は最高の相性なんだと思う。

 でもその可愛い痴話喧嘩も二人にとっては初めてで、一時的な別れを前にしてお互いに向き合った結果なんじゃないかとも思った。


 俺も早霧と親友についてちゃんと向き合ったし、これなら解決も早そうだ。


「とりあえず。もう一度アイシャと、ちゃんと話す所からだな。厚樹少年も仲直りをしたいという気持ちは変わらないだろうし、それは彼女も同じはずだ」

「はい……でも僕の方がアイシャのことを好きって話は譲れません」


 厚樹少年は頷く。

 だけど変な所で頑固だった。

 あの純粋で物分かりが良い真面目な少年が、アイシャを好きだと言う気持ちだけは絶対に曲げたくないのだと言う。

 正直、年下ながらにカッコいいと思った。

 だけど二人に残された時間は少ないので、仲直りをさせることが先決なのは間違いない。

 

 ここは心を鬼にして、厚樹少年には一度折れてもらうしか無さそうだ。


「良いか厚樹少年……アイシャのことが本気で好きだったらな、時には彼女のことを想って自分から譲るというのも大事なことなんだぞ?」

「それは、そうですけど……蓮司お兄さんはどうなんですか?」

「……俺?」


 渋い顔をした厚樹少年が、俺に聞く。


「蓮司お兄さんも早霧お姉さんのことが好きなんですよね? 蓮司お兄さんが僕と同じ立場だったらどう答えるんですか?」

「それはもちろん、決まってるさ」


 これはきっと、厚樹少年なりの納得を求めているんだろう。

 彼ら許嫁と同じぐらい仲の良い、年上のお兄さんお姉さんはどうなのか……と。

 

 それに俺は力強く頷く。

 迷う訳が無い。答えは当然、決まっているのだから。


「俺の方が好きだぞ!」

「私の方が好きだよ!」

 

 俺が自信満々にそう答えると、少し離れた場所から早霧の声が重なってきて――。


「……は?」

「……え?」


 ――俺たちは同時に振り向いて、視線と視線が交錯したんだ。

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