第193話 「しあわせ? しあわせ?」

「それじゃあ、いってきます……」

「いってきまーす!」

「いってらっしゃい!」

「二人とも暑いから気をつけてなー……あいたたたた」


 ニコニコ笑顔な母さんと、ニコニコ笑顔だけど腰の痛みで笑顔が引きつる父さんに声をかけられながら、ニコニコ満面の笑みな早霧と一緒に家を後にする。

 目的地はもちろん近所にある小さな公園で、これからいつものラジオ体操をするからだ。

 空からは今日も眩しい日差しが差し込んでいて、夏らしい爽やかな陽気である。


 そんな晴れ晴れとした雰囲気の中、俺は一人表情を曇らせていたんだ。


「えへへー、れーんーじー?」


 その原因はもちろん、朝からずっと……具体的には俺のベッドの中に早朝から忍び込んで狸寝入りをしていた早霧のせいだった。

 上機嫌な早霧は俺の腕に自分の腕を絡めながら悪戯に俺を見上げる。

 太陽の光を反射する白い肌と髪が、嬉しそうな淡い色の瞳が俺を見つめる姿にドキッとはするけれど、俺の心は朝のやらかしによって心穏やかではなかったんだ。


「しあわせ?」


 そんな俺の心を読んでいるのかと思うぐらい、的確なクリティカル質問を早霧がぶつけてくる。

 その幸せそうだけど憎たらしい美貌に、俺は思わず視線を逸らした。


「しあわせ? しあわせ?」


 しかし早霧からは逃げられない。

 視線を逸らしたら無理やり自分の身体をねじ込みながら、照れる俺の顔を見ようとしてくる。


「寝てる私を抱きしめて、ちゅーをするの……しあわせ?」


 そう、全ては夢だと勘違いした俺のした行為と言動が原因だった。

 それを朝起きてから一緒に我が家で朝食を食べて両親に見送られながら家を出て公園への道を歩いてる今までずっと聞いてきている。

 悪いのはやってしまった俺だけど、恥ずかしさと悔しさから素直に答えるのは負けだと思っていた。


「蓮司もちゅー、したかったんだよね?」

「ああ、そうだよ……」


 でも、勝てないと悟った俺はすぐに降参する。

 状況的にも現行犯な俺に勝ち目なんて最初から無かったんだ。

 すると俺の呟きを聞き逃さなかった早霧はたちまち上機嫌だった機嫌を更に良くした。


「私も蓮司とちゅーするの好きだよ!」

「……早霧、外だから静かにな」

「えー? 家なら良いのー?」

「……良いよ」

「えへへー、しょうがないなー、もぉー……!」


 早霧、MAXハイテンション。

 夏の暑さと関係なく、デレッデレに溶けそうなぐらいの上機嫌だった。

 俺の羞恥心を犠牲に早霧が笑顔になってくれるのならこれ以上のことは無いけれど、それはそれとして朝の行いを恥じる俺も心の奥に存在している。


 喜べば良いのか恥ずかしがれば良いのか、内心わからない状態だった。


「そ、それより公園に着いたら離れてくれよ? 厚樹少年たちならともかく、太一少年たちには刺激が強いかもしれないからな……」

「じゃあ、公園まではこうしてて良いってこと?」

「……ああ」

「えへへへへへへへへー!!」


 何だ早霧、お前無敵か?

 今の早霧に勝てる気がしなかった。

 柳に風って、こういうことを言うのかもしれない。


 俺は話題の変更に失敗したなと思いながら、上機嫌に揺れる早霧に話を続けた。


「……厚樹少年たちは、大丈夫だと思うか?」

「んー? うーん、仲良しな二人だから大丈夫だとは思うけど……」


 その諦めない気持ちのおかげか、それとも可愛い妹分の悩みだからか早霧の興味を引くことに成功する。

 上機嫌な早霧を見たいと言う気持ちも無くはないけれど、それよりも今は昨日連絡をくれた二人のことを無視できなかった。


「今日、ちゃんと来てくれればいいね……」

「そうだな、来てくれないと話せないからな……」


 厚樹少年は俺に、アイシャは早霧にそれぞれ連絡をしてきた。

 しかしその時は二人ともショックを受けているのかまともに話すことが出来ず、明日……つまり今日話そうということで落ち着いたんだ。

 だけど公園に来てラジオ体操をする時は当然二人は一緒に来るだろうから、喧嘩をしている状態じゃそもそも来ない可能性だってゼロでは無いのである。


 二人の家を知らない俺と早霧は、彼らが来てくれることを願うしかなかった。


「まあまずは、太一少年たちから二人のことを聞いても良いかもしれないな」

「あ、そうだね。真里菜ちゃんや美玖ちゃんも二人とお友達みたいだしね」


 ラジオ体操の時間は違うけど、太一、真里菜、美玖の幸せ三角関係のトリオも厚樹少年やアイシャと友達である。

 だから俺と早霧が知らなくて、三人が知っている話もあるかもしれない。


 まずは最初のラジオ体操でそれを聞こう。

 そう思った時だった――。


「あっ! 来た来たっ! おーいっ! 兄さん姉さーん!!」

「大変! 大変なんですーっ!!」

「は、早く来てくださぁい……!!」


 ――公園の入り口から、その三人が大急ぎで駆けてきたんだ。

 まずツンツン髪の太一少年が俺たちを見つけて先陣を切って、その後ろをポニーテールで活発な少女である真里菜が続き、最後に頭に被った麦わら帽子が飛ばないように押さえながら大人しい少女の美玖が走ってきて、俺と早霧は囲まれてしまう。


「ど、どうした!?」

「み、みんなどうしたの!?」


 驚く俺と早霧。

 突然の出来事に腕は組んだままで、だけど恥ずかしがる暇も無かった。

 それぐらい凄い形相で三人が走って来たんだ。


「い、良いから来てくれ!」

「わ、私たちじゃどうにもできませんでした!」

「た、助けてくださぁい……!」


 しかし訳を聞くよりも前に、焦った少年少女たちによって俺と早霧は腕を組んだまま背中を押されて公園の中に入っていく。

 そこには、今までにない光景が広がっていたんだ。


「あ、厚樹少年!?」

「あ、アイシャちゃん!?」


 この時間から、二人の姿があったのである。

 今までは時間をずらして、別れまでの残された二人の時間を楽しんでいた厚樹少年とアイシャの姿が。


「…………」

「…………」


 その仲睦まじい二人は、あからさまにお互いに背中を向けながら俯いている。

 そこには昨日までの仲の良さや明るさは消え去っていて、誰がどう見ても喧嘩中だとわかる状況だった。



―――――――――――――――――――


※作者コメント

 喧嘩の途中で失礼します。

 投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。

 ちょっと月末が忙しくて複数作品の同時投稿が厳しいので、次回の投稿も少しお休みさせていただき、11月1日(金)の投稿とさせてください。


 ただ、その間なのですが多少なりとも時間は取れるので、溜まりに溜まってしまった本作品へのコメントをお返しさせていただきます。(200話分)


 投稿を止めてしまい本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

 

 ゆめいげつ。

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