第184話 『……ひょわ?』

 際どすぎる女子トークで暴走する早霧と草壁を落ち着かせるのに体感で一時間ぐらいかかった気がする。

 実際には十分も経っていないんだけど、お互いがお互いを悪い意味で引き立て合うせいでとんでもなく疲れたんだ。


「……それで、草壁はどうして学校にいるんだ?」


 そしてようやく話を本題に戻す。

 この首絞め大好き目隠れ少女は、今日はバイトがあるから俺たち自分らしさ研究会には遊びに来ない筈だったのに……。


「あ、えっと、何といいますかぁ……先日町内会で旅行があったらしくてぇ……」

「……ん?」


 しどろもどろになりながら草壁が喋り出す。

 なんか聞いたことある話だった。


「わ、私がバイトしている本屋さんの店長さんが……山登りで知り合いと対決したとかで腰を痛めてしまったらしくてぇ……お店自体がお休みになりました……」


 めちゃくちゃ聞いたことある話だった。

 すごく身近の、具体的には我が家の父さんも現在進行形のやつ。


「えっと、ひなちんのお家ってどこにあるの?」

「駅前のショッピングモールから少し離れた場所にある商店街の近くですよぉ?」

「つまり、蓮司のパパとひなちんのバイト先の店長さんが山登りでハッスルしすぎちゃったと……」

「ひょえっ? 同志もですか?」

「俺じゃなくて父さんだけど……ていうか早霧、ハッスル言うな」


 顎の下に手を添えた早霧が名探偵みたいな仕草で想像という名の推理をした。

 ふざけてはいるけど多分それは正解なのだろう。

 バスと電車で通学している長谷川やユズルと違って草壁は自転車だったので、よく考えれば同じ町に住んでいてもおかしくなかったんだ。

 

 世間は思った以上に狭いのかもしれない。


「じゃあバイトが無くなったから、遊びに来てくれたの?」

「は、はいぃ……。で、ですが部室に行っても鍵が閉まっててぇ……し、仕方ないので校舎の中を散歩して帰ろうと思ったらその、教室のカーテンでお二人が……」

「…………」


 早霧、お前から話を振ったんだから無言で俺を見ないでくれ。

 この話題に関しては俺も取り扱いに困っているんだから。


「その、改めて、おめでとう……ございますぅ?」

「……ありがとう」

「……ございます」


 そして話題が完全に元に戻って、俺たちは気まずくなる。

 草壁は元々、俺と早霧がキスをしている現場を目撃してしまっていたけれどこうしてキスの直後に会うことは無かった。

 今回はガッツリ、キスの最初から最後まで見られていたので恥ずかしさは計り知れない。


 カーテンに隠れていたので、直接見られていないのが救いだろうか。


「……そ、そのぉ、カーテンの中から透けるシルエットがすっごいエッチでした!」


 ――何も救いじゃなかった。

 草壁は胸の前でそれぞれ拳を握り、鼻息を荒くして感想を伝えてくる。

 こういうのも好きなのか、長い前髪が興奮のせいでかなり揺れていた。


「……えっちだったって」

「……聞こえてるって」


 俺たちの心も動揺で揺れまくっている。

 仲の良いクラスメイト、それも女子から俺たちのキスがエッチだったと褒められてどう返せばいいのか誰か詳しい人教えてほしい。

 何を言ってもアウトだろうこんなの。


「ご、ゴホン! と、とりあえず俺たちのことは置いておくとして、草壁」

「ひょえ?」

「もし良かったら明日の河川敷でやる大掃除、来るか?」


 俺は誤魔化すように大げさな咳払いをして話題を変える。

 取り出したのはユズルから部室で貰ったゴミ拾いのパンフレットだ。


「い、良いんですか!?」

「このパンフレットにも参加自由って書いてあるから大丈夫だろ。って言ってもゴミ拾いだから用事があれば別に断っても」

「やりますやりまぁす! 家にいても弟たちと遊ぶか自分の首をいじるかで暇なんですよぉ……! さ、参加させてくださぁい……!」

「そ、そうか……」


 勢いがすごい。

 自分の首をいじるっていうのが気になったけど、怖いので聞かないでおこう。


「じゃあゆずるんにメッセージ送っておくね?」

「ああ、ありがとう」


 これが平常運転なのか早霧も気にしていない様子でスマホを取り出す。

 俺や長谷川がいない、女子だけの空間では何を話しているのかと気になった。


「そ、そう言えば城戸さんや長谷川さんはもう帰っちゃったんですかぁ……?」

「ああ、あの二人ならさっき付き合いだしたから初デートに行ったぞ」

「な、なるほどぉ……」


 草壁は数回頷いてから。


「……ひょわ?」


 一度固まり。


「あ、あのお二人もお付き合い!? え!? 自分らしさ研究会ってただれてるんですかぁ!? え!? ボランティア部って、好きな異性に尽くすとか、そういうことです……!?」

「違うぞ!?」


 とんでもないことを叫び出した。

 この目隠れ少女は、俺が思っていた以上にかなりの危険人物かもしれない。

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