第178話 「……アレって?」

 触れるだけの短いキスが終わり、少し離れた淡い色の瞳と目が合った。

 早霧とキスをする度に生まれる幸福感と、ついさっきまで皆といた部室でキスをする背徳感。


 俺が今感じているこの気持ちを、早霧も今感じているのだろうか?

 そうだったら良いなと思いながら、俺の頬に触れている早霧の華奢な手に、自分の手を上から重ねたんだ。


「……なんか、アレだな」

「……アレって?」


 不意に思いだしたのは少し前の出来事。

 夏休み前、最後に部室でキスをした時のことだった。


「……早霧とこうしてキス出来るのがさ、すごく嬉しいなって」

「えっ!? な、なに急に……!?」

「……照れる所そこか?」


 色白の肌が朱に染まる。

 自分からキスをしてくるのに、こういう臭いセリフには弱いらしい。

 自分で言っておいてアレだけど、こんな素直に照れるとは思わなくて言った俺も恥ずかしくなってしまった。


「だ、だって嬉しいけど……急だもん! 急!」

「急にキスしてくる奴に言われたくないな」

「今回は急じゃなくて約束だから!」

「今回は、な?」


 急にキスをする自覚はあるらしい。

 それもそうだろう。

 こうして何度もキスをされてきたんだから。


「思えば、学校でキスをしない日の方が珍しかったんじゃないか?」

「それはだって、蓮司が親友って言ってくれたからだもん……」


 親友は俺たちにとって大切な言葉。

 親友のせいで俺たちの間で衝突があったけど、親友のおかげで俺たちは想いを再認識することが出来た。

 隣にいたのに遠くて、遠かったのにずっと一緒にいた。。


 でも今はこうして向き合えている。

 この時間がたまらなく嬉しいんだ。


「……もっと早く言っておけば良かったな」

「……でも私は嬉しかったよ?」


 なら良いかと思う俺はとてもチョロくて。

 そう言ってくれる早霧がすごく愛おしかった。

 

「待たせて、ごめんな」

「ううん。蓮司はいつも、待ってくれてたから……」


 多分それは、告白のことだろう。

 学園一の美少女である早霧が告白をされまくって、断るのを俺は公園のベンチで待っていた。

 今思えば、お互いの家から徒歩数分の位置で待っていた俺も相当女々しいのではないだろうか。


 少ない時間でも、長く早霧と一緒にいたい。

 色々理由は考えられるけど、俺の心の奥底で一番の気持ちはきっとこれだった。


「でも今度から待たないからな」

「えぇっ!?」


 だからここで決意表明をする。

 すると早霧は、驚きで淡い色の瞳を大きく見開いた。

 そこまで驚かなくても良いのにと思いつつも、俺も驚かせる気でいたので少し楽しくなる。


「当たり前だろ? 俺たちは親友なんだから。もう告白はさせないし、毎日一緒に帰るんだ。だから待たない」

「あ……」


 俺は上から重ねた手を、ギュっと握る。


「私、今すっごく嬉しい……」


 早霧が小さく吐息をこぼしたその口元が、微笑みの形に結ばれた。


「……ゆずるんも、同じ気持ちだったのかな?」

「多分な。まあ、驚きの方が大きかったかもしれないけど……急に突撃して来たし」

「それは私も驚いちゃった……長谷川くん、猛ダッシュで……」


 見つめ合いながら二人で笑い合う。

 俺たち自分らしさ研究会の集まる部室で、こうして想いを伝えあっているというのは何か縁があるのかもしれない。


「でも。ゆずるんと長谷川くんが好きを伝えあった場所で、蓮司が私にキスをしてくれるのって……素敵だよね」


 そしてそれは早霧も同じ考えみたいだ。

 似た者同士の俺たちは、同じことを考えて嬉しくなる。


「そうだな。まあ、俺じゃなくて早霧からキスしてきたけど」

「……じゃあ蓮司からしてよ」

「残念だけど俺の顔は早霧の手に挟まれてるせいで動けない」

「それはだって、蓮司が私の手を押さえてるから……」

「いやそれは早霧が俺の顔に手を添えているからで……」

「いやいや蓮司が押さえてるからだよ……」

「いやいや早霧が……」

「蓮司だってば……」

「早霧だろ……」


 どちらも譲る気は無くて、離す気も無かった。

 話は平行線を辿っても、思考と身体は自然と動いていく。


「……じゃあ、仕方ないよね」

「……ああ、仕方ないな」


 コツンと、早霧のおでこが俺のおでこに当たる。

 白く綺麗な前髪が俺の視界の端で揺れた。

 感じる体温と触れ合う息遣い、お互いの距離はもうほとんどゼロで、考えることは二人とも一緒で、自然と目を閉じていて。


「――んぅ」


 また、俺と早霧はキスをする。

 俺からキスをしてほしいというお願いは仕方なく果たせなかったけど、その代わりに上から重ねた早霧の手を……俺はもう一度強く握りしめたんだ。

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