第173話 「おめでとー!」

「悪い! 遅くなった!!」

「ごめんね! 遅くなっちゃった!!」


 俺と早霧は大急ぎで自分らしさ研究会の扉を開く。

 何故ならユズルのメッセージから階段でのネクタイのアレコレを経てかなりの時間を待たせてしまっていたからだ。


GOGOO『待ってる』


 早霧に俺のネクタイをつけた後に気づいた長谷川からのメッセージ。

 あのユズル大好きな大男長谷川が『!』マークとか使わずにただ状況を説明してくるだけなのがすごい怖くて、俺と早霧は大急ぎで戻って来たんだ。


「あ、お、おかえり……!」

「お、おう、遅かったな……!」


 そして。

 部室に入った瞬間に俺は違和感に気づいた。

 きっとそれは隣にいる早霧も同じことを考えているだろう。

 自分らしさ研究会の狭い部室にはさっきと変わらずにユズルと長谷川の二人がいて、何故か横に並んで二×二に重ねられた机の前に立っていた。

 しかも焦って戻って来た俺と早霧よりも二人の方が緊張した面持ちで、最初に長谷川が事故でユズルを押し倒していた時とは明らかに空気が違っていたんだ。


「は、発表があるよっ!」


 と、自分らしさ研究会会長のユズルが声を上げる。

 その時点で俺は、その内容が何なのかを察することができた。


「お、俺たち……ゆずるちゃんと、俺は……!」


 と、自分らしさ研究会副会長の長谷川が続く。

 その広い肩がガチガチに強張っていて、予想できるのはアレしかなかった。


「…………」

「…………」


 何を言うかわかっているのに、何故か聞く俺たちの方も緊張してしまう。

 沈黙に包まれた自分らしさ研究会の狭い部室の中で。

 隣り合う小さな会長と大きな副会長が、そっと手を握り合って――。


「お、お付き合いすることになりましたっ!」

「お、お付き合いさせていただくことになった!」


 ――告白の成功を、報告したんだ。

 揃った声、だけどちょっとズレている二人らしい報告だった。


「おめでとー!」

「おめでとう!」

「あ、ありがとうっ……!」

「あ、ありがとな……!」


 そんな二人に、俺たちも揃って拍手を送る。

 今までの二人を見てきて、そして二人の想いを知った上でお似合いだと本気で思ったのでとても喜ばしい。

 俺たちの拍手に包まれたユズルと長谷川は、ぎこちなく手を繋いだまま揃って顔を赤くして照れた。


「ゆずるーん! おめでとーっ!」

「わわっ!? さぎりーんっ!」


 そしてすかさず早霧がユズルに抱きついた。

 もうちょっと手を繋がせてあげろよと思ったけど、早霧にとってユズルはこの学園で一番の友達だから大目に見てあげよう。

 ユズルも早霧に祝福されて嬉しそうだし。


「どうしよう赤堀……いくら八雲ちゃんと言えど、ゆずるちゃんを独占されるのは許せないかもしれない……」


 それはそうと、長谷川は長谷川だった。

 付き合いだしても変わらないなって思ったけど、きっとこれから変わるんだろう。


「長谷川、おめでとな」

「おう! ありがとな!」


 でもやっぱり変わらないかもしれない。

 この大男は豪快に笑うのがとても似合っていた。


「しかし悪いな……夏祭りに向けて色々考えたんだが、ゆずるちゃんのことを想うと我慢できなくて……」

「なんか不穏な言い方だけど、長谷川らしくて良いんじゃないか? そういうところが、ユズルも好きなんだと思うし」

「赤堀……お前、意外といい奴だな!!」

「意外ってなんだよ! 今まで何だと思ってたんだよ! ていうかさっき言った心の友どこいったんだよ!?」


 念願の恋が実って、長谷川は浮かれているんだろう。

 その余波にあてられて、俺も浮かれてしまっていた。

 友人の幸せな姿は、見てるこっちも幸せな気分になれるんだ。


「ははは! まあ気にするな! ところで赤堀、ちょっと気になってたんだが」

「いや気になるだろ……で? 気にするなって言った長谷川が気になることって?」

「何で八雲ちゃん……お前のネクタイつけてるんだ?」

「…………」


 突然の流れ弾が俺を襲う。

 気にしないで欲しかった。

 今はずっと、ユズルのことを考えて浮かれていてほしかった。

 でもそのユズルが早霧とキャッキャしてるから、絶対に目に入る位置だった。


「それは、だな……」


 急なピンチに俺は言葉に詰まる。

 どう言い訳をしようかと頭を巡らせる中で、不意に部室に声が響いた。


「チュッ、チューはまだだよ!? さぎりんとレンジじゃないんだからさっ!」


 ――それは、ユズルの声だった。

 その大声が部室に響いて、シーンと部室が静まり返る。


「あ、あ、あ……赤堀いいぃぃぃぃぃぃっ!? おまっ、お前いつの間にぃ!?」


 そして驚愕の声を上げたのは、唯一この中でその事実を知らない長谷川だった。


「いや、その、あの……」

「マジか!? その反応マジか……マジなんだな!? 八雲ちゃんは!?」

「え!? あ……うん」

「マジかああああああああああああああああっっ!?」

「え? あれ? 言っちゃ駄目だったの……?」


 今度は俺と早霧が顔を赤くして照れる。

 一人首を傾げたユズルと、驚き叫ぶ長谷川。

 そんな真実を告白し暴露された俺たち自分らしさ研究会の部活が、紆余曲折の末にようやく始まるのだった。


――――――――――――――――――


※作者コメント


 お知らせ。

 いつも本作を読んで応援していただきありがとうございます!

 わたくしごとで申し訳ないのですが、9月がとんでもなく多忙すぎたので体力的にキツいので、ちょっとだけ投稿をお休みさせていただきます。


 3日休みます! 3日まるまる休ませてください!


 という訳で、次回の投稿は9月5日(木)の朝を予定していますので、引き続き本作をどうかよろしくお願いいたします。


 ゆめいげつ。


※追記

 誤字修正しました(大汗)。

 実はこのとんでもない誤字は2回目だったりします……。

 どんな誤字だったかはコメント欄にてどうぞ。

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