第174話 「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~ん?」
自分らしさ研究会の狭い部室の中で、俺たち四人は二×二に向き合い重ねられた机に座っていた。
「じゃあ明日やる地域合同の河川敷ゴミ拾いボランティアの話をする前に、まずはさぎりんとレンジ、毎日ラジオ体操の当番してくれてありがとねっ!」
俺の向かい側にいる我らが自分らしさ研究会の小さな会長、ユズルが手元に持ったパンフレットを机に広げるのと同時に満面の笑みで頭を下げる。
その笑顔はとても気持ちの良いもので、むしろラジオ体操を楽しみの一つにしていた俺と早霧も思わず笑顔になるぐらいだ。
何故かその笑顔を向けられていないユズルの隣に座っている大男、長谷川も気持ち悪いぐらいの笑顔になっていたけど付き合いたて補正が入った惚気が入りそうなので一端無視することにする。
「ううん、全然大丈夫だよゆずるん! 私たちも楽しんでるし、来てくれる子たちみんな可愛いんだー!」
俺の隣に座っている早霧がユズルに笑顔を返す。
その笑顔もまた本物で……早霧がアイシャや厚樹少年、それから太一少年たちと過ごす時間を楽しみにしていることがよくわかった。
「くぅ~! 俺も会ってみたいなぁ! 特に俺の背中を押してくれた厚樹って男子とイギリスに行っちゃうっていうアイシャって子に! ぜひ! お礼を言いたい!!」
そして俺の対角に座っている自分らしさ研究会の副会長こと大男、長谷川が拳を握りしめて感極まっている。
その横ではつい先ほど告白をされたばかりのユズルが顔を真っ赤にしてモジモジしていて、とても初々しかった。
「もしかしたら会えるんじゃないか? 地域合同なら地元の小学生とかも参加してそうだし……その辺りの話って、ユズルは聞いてるか?」
そして最後に、俺が向かい側でモジモジしているユズルに助け舟を出す。
このまま眺めているのも良いけど、時間は有限だし付き合いたてホヤホヤの二人には出来ればもっと二人きりの時間を作ってあげたかった。
「えっ!? う、うーんそうだね……ここのパンフレットには地域合同としか書いてないけどぉ……」
自分の世界に入っていたユズルがビクッと震えた後に言葉を濁す。
その反応を見るに、どうやらユズルも知らないらしい。
「じゃあ明日、私たちが聞いてみよっか?」
「それもそうだな。いつもどおり朝一にラジオ体操やるし」
「あれ~? 誰かさんは私がいないと朝起きれないのに、立派になったねぇ……」
「き、今日は一人で起きれただろ!?」
「でも寝坊したよ~?」
「あ、あれは早霧が昨日……!」
早霧との会話の中で、急にからかってくる。
思わず俺は昨日の夜に送られてきた自撮り写真について触れようとしたんだけど、横から何やら視線を感じてその言葉を止めたんだ。
「ゴ、ゴウ……ふ、二人ともとっても仲良しだね……!」
「あ、ああ……なんか、仲良いのは変わらないのに空気感がマジで違うな……!」
「わ、ワタシたちも……み、見習った方が良いのかな……!?」
「さ、流石の俺でも……あれはちょっと自信無いっつーか恥ずかしいぞ……!」
ヒソヒソと。
いやその割には普通に聞こえる声で長谷川とユズルの付き合いたてほやほやカップルが、俺と早霧を見つめていた。
それに気づいた俺と早霧はわざとらしく咳をして姿勢を正す。
「……話を、戻そうか」
「……う、うん!」
ヤバい、完全に油断していた。
俺も早霧も完全に後手に回ってしまっている。
今この場で一番の主役は長谷川とユズルであるべきなのに、その二人は感心したように照れながら俺たちを見て頷いていた。
「息ピッタリだねっ、ゴウ!」
「仲良しなのは良いことだよなっ、ユズルちゃん!」
こっちはこっちで息ピッタリに俺たちをからかい始めた。
これには悪意が一ミリも存在していないのがまた厄介なところである。
それが二人の良いところなんだけど、これ以上恥ずかしい思いをするのは嫌なので黙っておく。
「でも本当に良かったよっ! 最初っから仲良しだった、さぎりんとレンジの二人がもーっと仲良しになれてっ!」
でも黙ってたら善意の追撃が襲ってきた。
ユズルから繰り出される善意たっぷりの光の笑顔に、俺と早霧は何も言えずお互いの顔を見てから照れてしまう。
また、さっき俺と話した時の内容を踏まえて、もーっと仲良しと表現してくれるのが自分らしさ研究会会長の器の大きさを感じたんだ。
「本当だよな! 赤堀なんて一時期ずっと八雲ちゃんに勝つための方法しか考えてなかったんだからさ!」
「……あ! 馬鹿、長谷川お前っ!?」
その流れで長谷川がこれまた善意マシマシで言う。
それに反応が遅れた俺は、思わず身を乗り出してしまった。
「……私に、勝つ?」
そしてそれに首を傾げていたのが当然、早霧である。
俺は内心、冷や汗ダラダラだった。
「ん? おお。今月の頭ぐらいから急に赤堀が八雲ちゃんに勝つにはどうしたら良いって相談ばっかりしててさ、その様子だともう決着がついたと、思ったんだけど……違った?」
最初は普通に喋っていた長谷川も、早霧の表情や雰囲気を察してどんどん言葉が弱弱しくなっていき、最終的には俺と早霧の両方の顔を伺いだした。
男同士の秘密を話の流れでついポロっと言ってしまう……そんな経験をつい先ほど俺も、それも長谷川がユズルに好意を抱いているということを暴露してしまったので何も言えない。
「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~ん?」
ていうか、隣から俺をニヤニヤしながら見つめてくる早霧のせいの方が強いかもしれない。
だってもう完全に、俺の弱点見つけたみたいな顔してるもん。
「私に勝つねぇ……?」
「いや、それは、あの時は、状況が、だな……」
「この前、喧嘩した時に勝ったの、どっちだっけぇ……?」
「……早霧です」
めちゃくちゃネットリしてた。
喋り方がこれでもかってぐらい、ネットリしてたんだ。
早霧がニヤケながら渾身のドヤ顔で俺に詰め寄ってくる。
いつもならそのニヤケきった頬を手で掴んでやっているところだけど、状況が全て早霧に味方をしているせいで不可能な俺は甘んじて受け入れるしかなかった。
「そういえばあの時に約束した勝った方のお願い何でも聞く券って使ったっけ?」
「……あれ? どうだっけ?」
そういえばそんな券、っていうか権利を約束していた気がする。
あの時は結局、早霧の誘惑と愛しさに負けた俺が風呂場でキスをして、その後にお互いのバスタオルがはだけて大変なことになってなんやかんやで有耶無耶になって仲直りしたから完全に忘れていたんだ。
「ありがとう長谷川くん! おかげで良いこと思い出したよ!!」
「え? あ、おう!」
そしてこういう時だけやたら頭の回転が速いのが早霧である。
俺が思いだそうとしている隙をついて真っ先に長谷川にお礼を言って忘れ去られていた何でも聞く権利を復活させたんだ。
「あー、楽しみだなぁ~! 蓮司に何を聞いてもらおっかなぁ~!」
「お、お手柔らかに頼む!」
ウッキウキの早霧が俺の肩にポンと自分の頭を乗せてくる。
すると狭くて風通しが悪く埃っぽい部室の中でもフワリと甘い良い匂いがした。
早霧のお願いならそんな権利が無くても何でも聞くのに。
そんなことを思いながら、俺たちは楽しい部活の時間を過ごして――。
「う、うあうぅ……っ!」
「み、見ちゃ駄目だゆずるちゃん! 二人は俺たちより遥か高みすぎるんだ!」
「ゴ、ゴウも……ああいうのされると嬉しい……っ?」
「し、死んじゃうかもしれない……嬉しさで……っ!」
――過ごせなかった。
俺たちを見て表情をコロコロ変える新米カップルの初々しい反応は、俺と早霧がどれだけ……オブラートに包むと仲が良いかを知るには十分すぎる。
「……これは私がごめん」
「……いや、俺こそごめん」
……十分すぎて、死ぬほど恥ずかしくなるぐらいには、だったけど。
――――――――――――――――――
※作者コメント
お休み、いただきました! ありがとうございます!
気分転換リフレッシュ、もっとお休みほしかったなーとか思いましたが、書かないと不安になる症候群により宣言通り、本日より投稿を再開いたします。
それとこれはまた近い内に作者コメントで話すと思うんですけど……どう考えても最終章がとんでもない長さになってしまう(n回目)ので、えー、そういう事です。
よろしくお願いいたします!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ゆめいげつ。
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