第171話 「い、入れすぎだよ……!」

 早霧が俺にスポーツドリンクを飲ませてくれるらしい。

 だけど早霧はそのスポーツドリンクを自分の口に含んだ。

 ここで真っ先に想像できてしまうのが、早霧による口移しだろう。

 ……まさかなと思った。

 だけどそれは普通の考えで、相手は早霧で俺たちは毎日キスをする仲だから。


「ん!」

「ほ、本気か!?」

「んっ!」


 その、まさかだった。

 俺の問いに、口の中にスポーツドリンクを含んだ早霧が頷いている。

 そんな可愛い仕草も、これからその口の中にあるスポーツドリンクが俺の口の中に入れられると考えると可愛いどころの話じゃなかったんだ。


「流石にそれはやりすぎじゃ……」

「んーん!」


 今度は早霧が首を横に振る。

 どうしても口移しで飲ませるのをやりたいらしい。

 そんな意地っ張りなところも可愛いのは間違いないけど、やりたい内容は生々しくて可愛くなかった。


 早霧が俺に口移しでスポーツドリンクを飲ませてくれる。

 考えるだけでめちゃくちゃエロかった。


「んっ! んっ!」

「え、なんだ……?」

「んー!」

「ああ、座れと……」


 ん、しか喋れなくなった早霧が必死にジェスチャーをする。

 だけどすぐに面倒くさくなって、両手で俺の肩を掴んで座らせようとしてきた。

 どうやら身長差のせいで、このままキスをしたんじゃ飲ませられないらしい。


 ……いや、これを理解できた俺すごくないか?


「んもっ……んもっ……」

「わ、わかった! わかったから喋るなこぼれるぞ!?」


 壁に背中を預けて座った俺の前で早霧が口を半開きにパクパクさせている。

 多分、俺に口を開いてというジェスチャーだろうけど見ていてとても危なっかしかった。

 こんな変で可愛い顔、絶対に他の奴には見せられない。


 そしてそんな早霧による天然の術中にはまってしまった俺は、いつの間にか早霧の口移しを受け入れる体勢になってしまっていて。


「ま、待て早霧! 思いついてから行動に移すのが早すぎな――」

「――んぅ!」


 次の瞬間には、唇を塞がれていた。

 スポーツドリンクを口に含んだ、早霧の唇によって。


「……ん……んむぅ……んく……んぅ……」


 そして、口の中に、少しずつ、ぬるい液体が流れ込んでくる。

 早霧の口の中で温かくなってしまったスポーツドリンクが、ゆっくり俺の口の中を満たしていった。

 普通に舌を絡めるディープキスをするよりも難しくて、だけどディープキスよりも深く濃く、早霧を感じられる。


 それがとても嬉しくて気持ち良かった。

 もしかしたら俺は、かなり変態なのかもしれない。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……ふぅ……」


 慣れないことに、俺たちは互いに息を乱した。

 離した唇と唇の間にかかる銀色の糸は、唾液かスポーツドリンクかわからない。

 だけどその糸は重力にしたがってプツンと切れて、お互いの制服をちょっとだけ汚したんだ。


「……どう、だった?」

「……ぬる、かった」


 ――バシッ。

 素直な感想を言ったのに、肩を叩かれた。

 どうやら求めていた感想と違うらしい。


「そ、そういうのじゃなくて!」

「……じゃあ、試してみるか?」

「……えっ?」


 だから俺も、横に置かれていたペットボトルのキャップを外して中身を口に含む。

 こういうのはやられてみないと、わからない。


 それは建前で、俺はもっとこれをやりたかったんだ。


「ま、まっ――んんっ!?」


 待たない。

 スポーツドリンクを口に含んだまま、早霧の口を塞ぐ。

 そして今度は俺がやられたように、俺の口の中のものを早霧の口の中に流し込んでいった。


「んっ……んむっ……んんんっ……んぅ~っ!」


 少しずつ口の中を満たすスポーツドリンクが少なくなっていく。

 それと共に俺の舌は早霧の口の中を感じて、自然と舌同士が絡まった。


「ん……んぁっ……んぐっ……んむむぅ……!」


 ゆっくり、ゆっくりと早霧が俺から口移されたスポーツドリンクを飲んでいく。

 その度に喉が鳴り、吐息が漏れ、絡んだ舌が動くのがわかった。

 俺の口から受け取ったスポーツドリンクを早霧が頑張って飲んでくれている。

 そう考えるだけでもっと飲ませてあげたくなるし飲んでほしいと思った。

 口と舌だけで早霧を感じていて、それがとても気持ち良くて、早霧の中で舌を絡めながら、俺は幸せを感じ続けて――。


「ごほっ!?」

「おぼっ!?」


 ――早霧が、むせた。

 そして口に残っていたスポーツドリンクを、吐いた。

 口移しをしていた俺はゼロ距離でそれを浴び、口から溢れたスポーツドリンクは瞬く間に俺たちの制服を濡らしていく。


「げほっ……ごほっ……!」

「だ、大丈夫か……早霧……」


 息を切らした俺たちはお互いに虫の息だった。

 濡れた制服の原因は既に汗なのかスポーツドリンクなのかわからない。


「い、入れすぎだよ……!」

「す、すまん……」


 早霧が涙目になりながら俺に怒る。

 俺のせいなのは間違いないけど、ちょっと言い方とシチュエーションがアレだなと思ったのは絶対に口には出さなかった。


「もう……夢中になると、すぐ強引になるんだから……」


 ボソッと小声で呟いたけど、全部聞こえている。

 何故ならこの距離だし、それを言った早霧はまんざらでもなさそうに顔を赤らめていたからだった。


「……ごめんな。ほら」


 また溢れそうになる興奮を必死に胸の中に押しとどめて、俺はポケットに入れていたハンカチを早霧に差し出す。

 確かに、早霧が朝に言った通り、学校に行くワイシャツの下はいつもと同じ水色系の下着だった。


「ありがと…………ぅぁっ!?」


 俺からハンカチを受け取った早霧が、少し間を空けてから自分の胸元が透けていることに気づく。

 慌てて手で隠すけど、俺はもうバッチリ見てしまっていた。

 キスや口移しは良くても、透けた胸元を見られるのは恥ずかしいって、早霧の恥ずかしさの基準が良くわからない。


 キスみたいに慣れたら、もっとそういうエロいコトにも寛容になってくれるんだろうか……。


「……蓮司、なんか……目がえっち」

「す、すまんっ!?」

「……否定してよ」

「…………すまん」


 胸元を隠しながらジト目を向けてくる。

 反省した俺は素直に頭を下げるしかなかった。


「……ねえ、蓮司」


 落ちた俺の視界の中に影が映る。

 それは近づいてきた早霧の影で、早霧の声が耳元で囁かれて。


「……ま、また今度はその……濡れても良い時に、ね?」


 それは甘い甘い、親友の誘惑だった。

 俺が思わず顔を上げると、濡れた胸元にハンカチを当てた早霧が、耳の先まで顔を赤くしながら俺に微笑んでいる。

 早霧の恥ずかしさの基準はわからないけど、それでも嫌じゃないし、むしろ早霧も興味津々のようだった。


「お、おう……」


 その蠱惑的で魅力的な言葉と姿に心臓バクバクの俺は頷くことしか出来なくて。

 ちょうどその時に、ポケットに入っていたスマホが鳴ったんだ。

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