第167話 『な、殴らないよ!?』

 俺はひょっとしたら、ひょっとしなくても大罪を犯したのかもしれない。

 友人が想いを寄せている相手に、その好意を勝手に伝えるという大罪を……。


「ご、ゴウが……わ、ワタシのことを……あぅ……!」


 例えそれがあからさますぎる好意でも、今のユズルを見れば伝わっていないことは明確だった。

 どうしようどうしようどうしよう。

 とりあえず腹を切って詫びるべきだろうか。


「あ、その……だな。ユズル……気づいて、無かったのか……?」

「き、気づくってぇ……?」


 駄目だ、何を言っても悪手にしかならない。

 顔がずっと真っ赤なユズルが恥ずかしさからか震えていた。


「その、傍から見て長谷川は、ユズルにめっちゃ、好意を向けていたんだけど……」


 ごめん長谷川、本当にごめん。

 だけどもう止まれないし誤魔化すこともできないんだ。


「そ、それって……どどっ、どういう……?」


 ユズルがおっかなびっくりに聞いてくる。


「……ユズルのことを可愛いとか最高とか、よく褒めてた……やつ」


 それに答えたんだけど、言ってて罪悪感がすごくわいてきた。

 言ってしまった俺もだけど、気づかないユズルも相当なんじゃないだろうか。


「…………ふぇっ!?」


 そしたら顔真っ赤なユズルがさらに顔を爆発させて。


「あ、あれって応援じゃないのっ!?」

「……応援?」


 赤い顔のまま、心底驚いた表情をしたんだ。


「あ……う、うん……えっと、うん……」


 一転して。

 ユズルが『しまった』という顔に変わる。

 視線も俺から、下にある机へと落ちていった。


「……笑わない?」


 そんなユズルが、チラッと俺を見上げてくる。

 そこに今までのような元気さは無く、いつもとは雰囲気がまるで違っていた。

 

「あ、あぁ……むしろこの流れで俺が笑うようなら、本気で殴ってくれ」

「な、殴らないよ!?」


 むしろ長谷川には殴られたって構わないと思っている。

 だけどユズルは優しいから、全力で否定してからコホンと息を整えて。


「……ワタシね、小さい頃にいじめられてたんだ」

「……え?」


 少し間を空けてから、俺の目を見てハッキリそう言ったんだ。


「ほらワタシ……今もだけど昔から小っちゃくてね、それでいてどんくさくて頭も悪くてさ、良いところが全然なかったんだ」


 昔を懐かしむように喋るその内容は自虐に満ちていて、返事をする隙が無い。

 だけどそれを語るユズルからは、まるで弱さを感じなかったんだ。


「だからかな、からかわれたり、悪戯されたり、物を隠されたりしたんだよね。でもそれは、ちょっぴり嫌だったけどこんなワタシでもみんな構ってくれるんだって思っちゃったりもしちゃってたりしてさ……あはははは」


 ユズルは笑う。

 当然俺は笑えなかった。

 笑わない? って聞かれたけど、笑うなんて到底無理な話だった。


「そんな時だったんだよ。ゴウがね、転校してきたんだ」

「……転校?」

「うん、小学校六年生の初めにね」


 そう言ったユズルの顔はとても穏やかで、こんな重い話をしているのにとても嬉しそうだった。


「最初は身体が大きくてね、ちょっと怖いなぁって思ってた。でもね全然違ったの。クラスのみんながゴウに良い恰好しようとしたみたいでね、いつもの調子でワタシの身体が小さいのを弄り出したんだけど……それをね、ゴウはさ、本気で怒ってくれたんだぁ……」


 目を閉じて嬉しそうに語るユズルに俺は既視感があった。

 早霧だ。

 早霧が俺との思い出を語る時にそっくりなんだ。

 そう、それはまるで――。


「人の身体を弄って嫌がることを言うのはやめろ! 俺からしてみたらお前たち全員チビだ馬鹿野郎ども……ってね。本気で怒ったゴウはね、やっぱりちょっと怖かったけど、カッコ良かったんだぁ……」


 ――恋する少女、そのものだった。


「それからね、ゴウはずっとワタシを褒めてくれたんだ。頑張れ、負けるな、ワタシはすごいって。小さいのも可愛いし、素敵だし、魅力的だし、誰かが悪く言うようなら俺が負けないぐらいに良いところを褒めて応援してやるって……」


 だからこれは、同じなんだ。


「そ、それがすごく嬉しくてね、頑張ろうって思えたんだ。くじけそうになっても隣にはゴウがいて褒めてくれるから、頑張れて、苦手な勉強も頑張ってここに入学できたし、何より……」


 俺と早霧にとっての親友と。


「ゴウがいたから、ワタシは……ワタシらしくいられたんだぁ」


 長谷川とユズルにとっての関係……そのものが同じなんだ。

 近すぎたから気づけなかったところとかが、特にそうじゃないだろうか。


「だ、だからいつも褒めてくれるのが、まさか好きだからとは思わなくてぇ……」


 そして話は元に戻り、ユズルの顔が再度赤くなる。


「俺を殴ってくれ」

「だから殴らないよ!?」


 俺は、俺は何て最悪なことをしてしまったんだ……。

 こんなの絶対に俺が聞く話じゃなかっただろ、絶対絶対絶対に長谷川本人が聞くべき話だっただろ何してんだアイツ早く来いよ何で俺が聞いてるんだよ本当にごめん!

 脈ありとかそういうレベルじゃない。

 脈しかない。俺でもわかる。

 だって早霧と経験してきたから。


「……本当にごめん、ユズル。俺が、余計なことを言ってしまったばっかりに」

「う、ううん! レンジが言ってくれなきゃ、ワタシ多分ずっとゴウの気持ちに気づかなかったと思うし……むしろ、ありがとうっていうかぁ……」


 聖女だろうか?

 ここまでの失態をしたにも関わらず俺を許してくれるなんて、ユズルの懐の深さはどうなっているんだ。

 これからは一生ユズルに足を向けて寝られないかもしれない。


「で、でもゴウも酷いよね!? す、好きなら好きってちゃんと言ってくれれば……良い、のにぃ……」


 声がどんどん小さくなって、逆に顔はどんどん赤くなっていく。

 赤くなりすぎて倒れないか心配だ。

 でもその原因は俺にあるので、何も言えなかった。


「さ、さっきもさ……上から落ちてきた荷物からゴウがワタシを守ってくれた時、すっごいドキドキしたんだよ……?」


 急に甘い雰囲気が漂ってきた。


「ご、ゴウって身体が大きいから……ワタシの身体なんて、お、押しつぶしちゃいそうで……す、すごいんだろうなぁって……」


 人の惚気はとても甘くて、胸やけを起こしてしまいそうだった。


「あ、後ね! ゴウってああ見えて、まつ毛がすっごい長くて可愛いんだよっ!」


 もしかしたらこれを聞くことが、俺への罰なのかもしれない。

 だとしたら甘んじて受け入れよう。

 ごめん長谷川。でも良かったな長谷川。もう勝ちしかないぞ長谷川。


「あ! でもでも、今言ったことはゴウには内緒だよっ!?」

「も、もちろん……」


 ユズルに恩義しかない俺は頷くことしかできない。

 長谷川に言ってやれば泣いて喜ぶと思うのに……。


「それとワタシが昔いじめられてたっていうのも、さぎりんには内緒ね? さぎりんすっごい心配すると思うけど、もう終わったことだし吹っ切れたことだから!」

「……強いな、ユズルは」

「えへへ、ゴウのおかげですっ!」

「……それはちゃんと本人に言ってやってくれ」


 ああ安心だ。

 これで長谷川が夏祭りの日に告白をすれば必ず成功することがわかった。

 全部俺のせいだけど、俺のせいだからこれから先は二人がもっと良い雰囲気になるようにフォローするんだ。


 自分らしさ研究会の全員が幸せになるなんて、最高な話じゃないか。


「わ、わかった……! で、でもいつが良いかなっ!?」

「い、良いと思ったタイミングで良いんじゃないか……?」


 もう絶対にバラさない。

 長谷川の好意はバラシてしまったけど、最後の一線である夏祭りでの告白は絶対にバラしてはならないんだ。


「そ、そうだよね……うん! か、考えておくよ……」

「あ、ああ……俺も長谷川には秘密にしておくから……」

「……さぎりんにもね?」

「……もちろんだ」


 お互いに確認を取って、俺たちは同時に溜息を吐いた。

 ある意味で緊張が解けた瞬間だろう。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

「え?」

「ん?」


 そんな時だった。

 外から良く知る大声がどんどん近づいてきて、扉が勢いよく開き――。


「ゆずるちゃん! 好きだあああああああああああああああああああああっっ!!」


 ――長谷川が、告白しながら入ってきたんだ。

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