第165話 「バトンターッチ!」
「長谷川、お前……いくらなんでも急すぎじゃないか?」
「いや違う! 聞いてくれ赤堀……俺が今日、ゆずるちゃんを押し倒してしまったのは事故であって前々からずっと考えてたんだ!」
真剣な顔で語り始めた。
長谷川がずっとユズルのことを好きなのは入学当時から知っていたし、あからさますぎるアプローチをしていたのも知っている。それこそ本人の前で『好きだ!』って何回も言っていたけど、それも自分の恋愛に興味がないのかユズルには届いていなかったんだ。
こう長谷川の歴史を辿ると、何だか余計にかわいそうになってきたな……。
これだけ好意をぶつけているのに気づかれないなんて……。
……何故か早霧の顔が浮かんだけど、後で好きなものでも買ってあげようと思う。
「俺たちが高校生でいられる時間は、短い」
「ん? まあ、今が高二の夏休みだからだいたい半分ぐらいだな」
「そうだ! 来年受験のことを考えると全力で楽しめる夏は今年しか無いんだぞ! そんな人生で一度しかない最高の夏に……片思いのままじゃ駄目だと俺は思った! 何で俺は休みが増えたからって毎日バイト入れてんだって、マジで頭を抱えたぞ!」
長谷川の熱い演説が昇降口横の廊下に響き渡る。
そのパッションに押されているけど、長谷川の言い分も確かだった。
来年は卒業の年で、俺たちもこれからの人生を考えて進路を決めなきゃならない。進学校なのでほとんどが大学か別の専門に行くと思うけど、それも激しい受験戦争になるだろう。
そう考えると高校生として楽しめるのは今年の夏が最後かもしれない。
「それもこれも赤堀。お前のおかげで気づけたんだ。ありがとな」
「……俺が?」
長谷川が急に頭を下げてきた。
でも俺はそんな覚えが全くないので首を傾げる。
俺と早霧のことを言っているのなら、そもそも長谷川は知らないはずだし、唯一俺たちのことを知っている草壁という首絞め大好き目隠れ女子がいるけれど彼女はそういうことを言いふらすような人間じゃないので違うだろう。
つまり俺は長谷川がお礼を言ってきた理由が全くわからなかった。
「ああ。この前やった億万長者ゲーム……あれで大量の借金を抱えた俺は自分の人生を見つめ直したんだ!!」
「……お、おう」
理由はまさかのゲームだった。
自分らしさ研究会+草壁のメンバーでオンライン対戦をして、子供が出来る度に早霧とキスをしていたなんて口が裂けても言えないゲームの裏で、長谷川は自分の人生を見つめ直したらしい。
人生って、何がきっかけで変わるかわからないな……。
「だから俺は、今まで見たいな当たって砕けまくれみたいな告白じゃなくて最高にムードを高めた上で本気でゆずるちゃんに告白しようと思う! 例えば来週の夏祭りとか夏祭りとか夏祭りとかな!!」
夏祭りしか言ってなかった。
どうやら最初から夏祭りを狙っていたらしい。
長谷川にしては考えているなと思った。
夏祭りに告白なんて、ベタだけどそれこそ……。
「という訳で、ぜひ赤堀にも協力してもらいたい……って、どうした赤堀? 顔が赤いけど、こっち日影だしこっち来たらどうだ?」
「……いや、その前にもう一本買っとく」
早霧とのことを思いだした俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。
長谷川の恋愛相談に乗っているのに自分のことで浮かれているのは良くないと、赤くなっているであろう顔を隠すようにまた自動販売機で飲み物を買う。
今度はぶどうジュースじゃなくて、ペットボトルのお茶にしておいた。
「まあ、協力は、するよ」
「おお! 本当か!!」
歓喜の雄たけびをあげる長谷川の声と共に、ピーッと高い音が自販機から鳴る。
……あ、当たった。
まさか長谷川の心と自動販売機がリンクしてるというのだろうか。
そんな馬鹿なことを考えながら、とりあえず無難にスポーツドリンクを選んだ。
「なにぶんこういうのは初めてだからな、赤堀がいてくれれば百人力だ!」
「そんなに俺を当てにするなよ?」
「何言ってんだ、クラスで一番の浮かれ野郎な癖に。ていうか八雲ちゃんとはどうなったんだ?」
「うっ……そ、それは……」
また急に俺の話に返ってきた。
いやむしろ長谷川の話はほとんど終わったので今度は俺の番になるのが流れ的にも正しいだろう。
だけどこれから告白しようって考えている男の前で、俺たちはもうその先に進みまくっていると言って良いのだろうか。
「あ、いた! おーい! 蓮司ー! 長谷川くーん!」
「……早霧?」
「お、八雲ちゃんだ」
そんなことを思っていると、廊下の向こう側から張本人である早霧が走ってきた。
廊下を走ってはいけないけど、他に誰もいないので見ないふりをしておこう。
ていうか何しに来たんだ? ユズルは?
「早霧、ユズルはどうした?」
「ゆずるんは部室にいるよ。ねね、蓮司。手。手、出して?」
「手? こうか?」
「バトンターッチ!」
――パンッ!
俺の手のひらを早霧が叩き、良い音が鳴った。
「……なんだ、バトンタッチって?」
「良いから」
「いや、良いからじゃなくて」
「やっぱりこういうのはお互いに話を聞かないと駄目だと思うの。だから今度は蓮司がゆずるんの方に行くべきです」
「べきですって、おい押すな押すな!」
早霧はグイグイと俺の背中を押して部室へと帰らせようとしている。
俺は両手にペットボトルを持ってしまっている為、抵抗が出来なかった。
「長谷川くんは私とお話ししようね」
「え? まあ俺は良いけど……」
チラッと長谷川が俺を見る。
だけど俺は予想外に早霧の押しが物理的に強くてそれどころじゃなかった。
「ほら蓮司! 長谷川くんも良いって言ってるんだから早くゆずるんのところに行ってあげて! ほらダッシュ! 蓮司ダッシュ!!」
「わかったわかったから! 全部の体重を俺にかけてくるな危ないから!!」
どうしても部室に行かせたいらしい早霧の圧に負けて俺は小走りで歩き出す。
「何だったんだ、急に……」
長い廊下を抜けて校舎の一番奥へ。
早霧が気まぐれなのは知ってるけど、何か考えがあるのだろうか。
まああのままだったら長谷川に俺と早霧の馴れ初めから語らなければいけなかったからある意味で助かったと言えば助かったけど……。
「さて……ユズル、いるか?」
『あ、レンジ? どうぞー』
そんなこんなで自分らしさ研究会の部室前にたどり着いた俺は、必要ないかもしれないけどノックをする。
すると扉の向こうからはいつもと同じ雰囲気なユズルの声がした。
どうやら早霧と話したおかげでこっちも落ち着いたらしい。
それに安心した俺はドアノブを捻り、部室へと入った。
「やあやあレンジっ、おかえり。やあやあやあっ」
部室の中は元通りになっていて、その中心でこれまた元通りになっているいつものユズルが二×二になった机の定位置に座っていた。
「掃除までさせて悪いな」
「ううん、全部さぎりんがやってくれたから。とりあえず座って座ってっ!」
と、ユズルの対面に座るように促されたので座る。
何だか珍しい組み合わせだなと思った。
「もう落ち着いたのか?」
「まあ、それは、さぎりんのおかげで……」
そうは言うがまだ顔は赤かった。
本人を前にしてどうかと思うけど、この反応を見るにけっこう脈ありな気がする。
押し倒されたことでユズルも長谷川を意識し始めたんだろうか。
「それで、レンジに聞きたいことがあるんだけど……」
「俺に? まあ早霧が部室に行ってって言ったからそのつもりで来たけど」
聞きたいことって何だろうか。
これでユズルの方も男の子との付き合い方とかだったら長谷川の大勝利で終わるんだけど、そう簡単にはいかなそうな気がする。
何せ相手は自分らしさ研究会の会長だ。
きっと一筋縄ではいかない、彼女自身の悩みなのだろう。
「さぎりんと、チューしたって……ほんとっ?」
おい早霧。
お前、何を言った?
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