第164話 『誤解だ!!!!』

 ガコンッと自動販売機から勢いよく缶ジュースが落ちてくる。

 それを俺は手に取り、廊下の床に座り込んで項垂れる大男に放り投げた。


「ほら、俺のおごりだぞ」

「……すまないな、赤堀」


 言わずもがな、長谷川である。

 具体的に言えば部室でユズルを押し倒していた、長谷川である。

 白昼堂々犯行に及んだ凶悪犯は、捕まると嘘のように大人しくなっていた。


「いくらユズルに好意が伝わらないからって……お前あんな無理やり」

「誤解だ!!!!」

『……ひっ!?』


 食い気味に。

 俺の言葉を否定して長谷川は叫ぶ。

 その声に空気がビリビリと振動して、昇降口の外にいた女子生徒が悲鳴を上げた。


「俺はただ! 上から落ちてきた備品から、ゆずるちゃんを守ろうとしてだなぁ!」

「わかってるよ。冗談だって冗談。やっと元気になったな?」

「赤堀、お前……冗談とか言う奴だったんだな」

「お前は俺を何だと思ってたんだ、長谷川……」


 俺も一緒に買ったぶどうジュースの缶を開けて、下駄箱の上の微妙な段数しかない階段に腰かける。

 行儀は悪いけど、夏休みで人が少ないしちょっとぐらいなら許される筈だ。


「……俺の隣、来ないのか?」

「やだよ気持ち悪い」


 何が悲しくて傷心中の大男の横に座らなければいけないのか。

 どうせ座るなら早霧の隣が良い。

 その早霧は今、部室でユズルと話している頃だろう。

 俺の仕事は、長谷川の話を聞くことだった。


「さっきみたいに部室でパニックになられても困るしな」

「……アレは本当に、すま……いや、助かった」


 長谷川は頭を下げようとして、やっぱり下げる。

 それは謝罪じゃなくてお礼だった。


 つい先ほど、俺と早霧が自分らしさ研究会の部室で長谷川がユズルを押し倒している……ように見えた現場を目撃してすぐ後のことだ。

 俺と早霧の存在に気づいた長谷川が焦ってユズルから飛び跳ね、その勢いで狭い部室の机を全てなぎ倒した。

 元々、二×二に重なっていた四つの机がまるでボウリングのピンのように一人の大男によってなぎ倒されていく様は驚きを超えて爽快だったかもしれない。


 そんな部室の破壊神をつれて、俺は昇降口の前にある自動販売機に来ていたんだ。


「……ゆずるちゃんに、嫌われたかもしれない」


 まるでこの世の終わりみたいに呟く大男、長谷川。

 大げさだなと思うけど、俺も早霧に嫌われたらと考えると、死ぬかもしれない。

 

「ユズルを守るために動いたんだろ? 悪気が無いなら大丈夫だって」

「赤堀……お前、良い奴だな……だよな……そうだよな!」

「俺のたった一言で切り替えられるお前はだいぶチョロい奴だぞ、長谷川」


 よく言えば単純で、悪く言えば単純な男だった。

 でもこの単純馬鹿な元気さが俺たち自分らしさ研究会には必要不可欠だと思う。

 ユズルがいて、長谷川がいて、早霧がいて、俺がいる。

 思えば俺は早霧に中学までずっと付きっきりだったから、俺にとっても自分らしさ研究会ことボランティア部が初めての部活だった。


「そこでだ、赤堀……お前を俺の心の友と見込んで頼みがある」

「心の友って初めて聞いたんだけど?」


 大きなお前が心の友って言うと、どこかのガキ大将になるから止めた方が良い。

 まあ今はもう親友は早霧との特別な言葉だから、心の友で良いと言えば良いか。


「……で、頼みってなんだ?」

「おお! 引き受けてくれるか心の友よ!」

「お前わざと言ってんだろ」


 長谷川が心の友ってワードを急に擦り出すし、寄せてきている。

 ちょっと面倒くさくて、これならもう少し落ち込んでくれてても良かった。


「そうだけど、そうじゃないんだ……」

「いやどっちだよ?」

「ゆずるちゃんのことを考えると、緊張して上手く喋れなくてぇ……」


 今度は急に女々しくなる長谷川。

 ひょっとしなくても情緒が不安定かもしれない。


「えっと、つまり俺は……ユズルを押し倒してから変に意識しちゃってる長谷川のことをフォローしてやれば良いのか?」

「あ、ああ……それともう一つだけ、あるんだ……」


 長谷川は深く頷いた。

 元々俺も早霧も混乱している二人の仲を取り持つのを目的に動いていたので、長谷川のお願いというのも目的そのものと言って良いだろう。

 長谷川はもう一つお願いがあるともったいぶって言うけれど、それもユズル関連に違いない。

 まあ長谷川のことだからお詫びの品を一緒に考えてほしいとか、これからも相談に乗ってほしいとかそういう話だと思う。


 自分らしさ研究会の副会長だけあって、意外にセンチメンタルなところもあるのが長谷川という男なんだ。


「ゆずるちゃんに告白しようと思ってる」

「お前のメンタルどうなってんだよ」


 ひょっとして俺の周りって、おかしな奴しかいないんじゃないだろうか。

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