第163話 「ど、ドキドキするよね……?」

 早霧と腕を組みながら登校をする。

 いくら夏休みと言っても部活が盛んな我が校は近づけば近づく程に生徒が多くなっていった。

 今までは全員が学校に向かって同じ方向に進んでいたけれど、校門を通り抜ければそれも変わって。


「お、おい。あれ……」

「え? あの子、二年の……マジか」


 と、言ったようにすれ違う生徒から注目の眼差しを向けられる。

 ちなみに今すれ違ったのはラケットを持っていたことから男子テニス部だと思う。


「……みんな見てるね」

「……そりゃあ、早霧が可愛いからな」

「……もう」


 予想はしていたけど、こうも注目されると緊張してしまう。

 俺は本当のことを言ったのに、早霧は隣からジト目を向けてきた。

 でも満更でもない表情なので良しとしよう。


「うわっ!? ちょっと、ねえねえ!」

「あ、あの二人やっとくっついたの!?」


 と、校舎に入る為の昇降口に差し掛かったところで聞こえてきたのは女子バスケ部の二人。その内の一人は俺たちのクラスメイトで、たまに早霧と話しているのを見る女の子だった。


「わ、私たち……どう見られてたのかな?」

「どうって、そりゃお前……」


 流石に知り合いに見られると早霧も顔が赤くなるらしい。

 ここで俺が思いだしたのは学校での早霧のこれまでだ。

 入学当時は俺による早霧の全力プレゼン自己紹介から始まったけど、この一か月はむしろ早霧から俺に対する猛アピールが強かった。

 それこそ付き合ってるんじゃないかって誤解されたり、教室で早霧が抱きついてきたり、俺のネクタイを引っ張りまくったことで首絞め大好きな草壁と仲良くなったりもしたっけか。


 そんな行動をしていたら周囲からどう見られるかなんて決まってる。


「……親友、だろ?」

「えへへ……だよね?」


 そう、親友。

 今俺が思っている親友と、今早霧が思っている親友は間違いなく同じ『親友』だ。

 周囲がどうこういう解釈じゃなくて、俺たちだけの、親友。

 

 俺の答えを聞いて早霧は嬉しそうに、はにかんだ。


「で、でもなんか、アレだよね……」

「ん?」


 ローファーから上履きに履き替えて、部室へと向かう途中で早霧が呟いた。

 校舎の中に入ったおかげで他に人はいないので少し声が大きくなる。

 だけどその言葉は、なんかアレとすごく抽象的だった。


「こ、こうしてみんなに見られるとさ……」


 心なしかその声は少し上擦っていて。


「ど、ドキドキするよね……?」


 何かを期待するような、ニヤけた顔だった。


「も、もっとみんなが驚くことしたら……ど、どうなっちゃうのかな……」

「頼むからやめてくれ、俺が死ぬ」


 今までとは違う視線に注目されたせいで、早霧の中で新しい扉が開きそうだった。

 その扉はとても邪悪なので、俺は全力で鍵をかける。


「えー? 駄目なの?」

「絶対駄目だ。早霧の可愛いところは俺だけのものだからな」

「…………」

「ん? どうした?」

「蓮司って本当にそういうこと、サラっと言うよね……」


 ジト目を向けられる。

 早霧を止めただけなのに。

 でもその顔はとても赤かった。


「蓮司も、私だけのものだからね」

「お、おう……」


 ――ぎゅっ。

 下駄箱を履いた時に離れた俺たちの腕が、また絡まった。

 他に誰もいない廊下を歩いているからか、体重まで俺にかけてくる。

 早霧と一緒に歩く廊下は、外に比べると涼しいのにとても暑かった。


「……ゆずるんたちも、驚くかな?」

「……ど、どうだろうな」


 俺たちは二人で廊下を歩いていく。

 思い出すのは賑やかで騒々しい、自分らしさ研究会の二人の顔だった。

 見た目は小動物みたいだけど常にハイテンションで俺たち全員を引っ張るまとめ役な会長、城戸ゆずること、ユズル。

 見た目は大男だけど言動も豪快な大男でノリだけが軽くてこちらも負けず劣らずのハイテンション副会長、長谷川剛こと、大男長谷川。


 その二人がどんな反応をするか。

 わかるようでわからない、早霧っぽく言えばドキドキだった。


「……ついちゃったね」

「……だな」


 そしてついに、我らが自分らしさ研究会の部室にたどり着く。

 正式名称、ボランティア部な俺たち自分らしさ研究会は創設者であるユズルの尽力と学校側の情状酌量により特別教室棟一階の一番端と、とても辺鄙な場所にあった。


 しかも学校なのに引き戸じゃなくてドアノブがあるタイプ。

 このドアを開けば、きっと俺たちの関係を説明するところから始まるだろう。


「……行くか」

「……うん」


 今度は俺の方から。

 組んだ早霧の腕を引きドアノブに手をかける。

 二人とは一年の頃からの付き合いだから、絶対に大丈夫だ。

 二人とは一年の頃からの付き合いだから、逆に恥ずかしい。


 そんな気持ちが混ざり合いながら俺は、いや俺たちは覚悟を決めて部室に入る。

 恥ずかしいのは最初だけで、ちょっとしたらいつもの騒がしい部活が始まるから。


 そして俺は自分らしさ研究会の扉を開き――。


「ゆ、ゆずるちゃん……」

「ご、ゴウ……?」


 ――長谷川がユズルを押し倒している光景が、目に入ってきた。

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