第162話 「……えい、えいっ!」
「あ、蓮司お待たせー!」
「お、おう……」
公園でのお願いとお誘いから一時間ぐらいして。
家に帰った俺たちはそれぞれ制服に着替えて、いつもの丁字路で待ち合わせをしていた。
正直、俺は早霧の『今夜、私の家来れる?』って言葉がずっと頭から離れない。
でもやってきた早霧はそんなことまるで気にする様子もなくいつもの早霧だった。
「どう? 久しぶりの早霧ちゃん制服バージョンだよ?」
「どうって……」
クルリとその場で一回転する早霧。
見慣れたワイシャツに見慣れたミニスカート、見慣れた白のソックスと見慣れたローファー姿で見慣れたスクールバッグを持っていて。
「……めちゃくちゃ、可愛い」
「……え? あ、うん……ありがと」
すごく、可愛く見えたんだ。
いつもと全く同じなのに、俺の気持ち一つで何倍にも何十倍に何百倍にも早霧が可愛く見えている。
これもあの一件があったからだろうか?
好きって感情は、すごく偉大だと思う。
だけど早霧、自分で聞いておいて俺の返事で照れないでくれ。
俺も恥ずかしくなるから。
「え、えっとね……蓮司も」
「お、俺も……?」
「……何でまだネクタイ付けてるの?」
そんな照れている早霧も可愛く俺を見て、褒めてくれると思ったら、真顔で首を傾げられた。
そこは褒めてほしかった。
「……良いだろ別に。こっちの方がなんていうか、気が引き締まるんだから」
「えー? だって夏だよー? 見てるこっちが暑くなりそー」
「そういう早霧だって、一回冬服で来て倒れただろ?」
「……えい、えいっ!」
「おいやめろ! 人のネクタイを引っ張るな!」
返事に困った早霧が俺のネクタイを引っ張ってくる。
軽い力なので苦しくは無いけれど、だる絡みの部類なのですぐにやめさせた。
「だってそこにネクタイがあるのが悪いよネクタイが」
「登山家みたいなノリで何言ってんだ」
「そうです早霧ちゃんの両親は実は登山家だったのです。つい先日も私を置いて登山に行ってました」
「奇遇だな、俺の両親も同じ日に登山に行ったぞ。父さんは腰を痛めたけどな」
「……ふふっ」
「……ははっ」
いつものように他愛のない話をして。
俺たちは今までのように通学路を歩き出す。
閑静な住宅街は夏休みの、それも真夏日ということもあっていつも以上に静かだ。
それはまるで世界に俺と早霧の二人しかいなくなってしまったみたいだった。
「セミの鳴き声聞くとなんか暑くなるよね」
「だな」
まあそれでも、世界はちゃんと動いているし回っている。
仮に良い雰囲気になったとしても、常時泣き続けるセミがそれをぶち壊していた。
「セミも鳴き続けて疲れないのかな?」
「短い命だからな。相手を見つける為に頑張ってるんだろ」
「……みーんみんみんみんみんみーん」
「おいやめろ、俺を木にするな」
「……れーんれんれんれんれんじー」
「鳴き方の問題じゃない」
「早霧ゼミだよ?」
「だからなんだよ?」
たいして似てないセミの物真似をした早霧が俺の腕に抱きついてくる。
嫌じゃないしむしろ嬉しいけど、ラジオ体操の時より日が昇っているせいで余計に暑かった。
「昨日ママと買い物に行った帰りにね、地面にいたセミが飛んだ瞬間に猫に食べられちゃったんだよね」
「セミの物真似した奴がセミが食われた話するってどんな心境なんだ?」
「暑くて死んじゃいそうな気持ち」
「じゃあ離れたらどうだ?」
「わかってないなぁ蓮司は。暑い時に熱いものを食べるから美味しいんだよ」
「まあ、一理あるかもしれないけど……それで?」
「……特に続きはないのです」
良い感じに暑さで脳みそが溶けているようだった。
帰って一度シャワーを浴びてるけど、汗の匂いとか気にならないんだろうか。
俺に腕を絡める早霧からは、良い匂いしかしないけどさ……。
「いつも大通りまではこうしてたし、今日も良いでしょ?」
「……それで良いなら、良いぞ」
隣から淡い色の瞳が向けられる。
確かにちょっと前までは手を繋いだり腕を組んだりしながら閑静な住宅街を抜けて大通りまでそれを続けていた。
「わーい、言質取ったぁ」
「この程度の言質で良いならいくらでももってけ泥棒」
多分それはこれからも俺たちが学生の間は続いていくのだろう。
朝会ったら一緒に学校に行って、授業を受けて、部活をして、帰る。
「そうは言ってももう大通り近いんだけどね」
「そうだな」
そして学園一の美少女な早霧は、これからも告白をされて断り続けるだろう。
好きという気持ちを誰よりも大切にして尊重する早霧は、とても優しいから。
「……あれ、蓮司?」
でも。
それは今までならの話だ。
今の俺なら、俺と早霧なら……告白をされなくすることも出来るんだ。
「もう大通りだよ? 蓮司?」
「……駄目か?」
いつもと様子が違う俺に首を傾げた早霧が俺を見上げる。
だから俺は首を傾げ返した。
それを見て、早霧は一瞬目を見開いて。
「……良いの?」
「良いも何も、親友だろ? それに……俺もまだこうしていたいんだ」
「……うん、うん!」
俺の返事を聞くと、嬉しそうに俺の腕を抱く力を強めた。
さっきよりも密着していて、暑いし歩きにくい。
それでも、増えた幸せの方がはるかに大きかったんだ。
「えへへ……ねえ、まだこうしてたいって、いつまで?」
「そうだな……部室までで良いか?」
「えー? 蓮司、私のこと好きすぎだよー?」
「そうだぞ? 知らなかったのか?」
「ううん、知ってる」
俺たちは腕を組み、夏休みの通学路を並んで歩いていく。
歩道脇の街路樹に止まるセミの鳴き声を聞きながら、次第に人が増えていく学校への大通りを二人で一緒に進むのだった。
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