第161話 「突然ですが早霧ちゃんは不機嫌です!」

「蓮司お兄さん早霧お姉さん、今日もありがとうございました!」

「バイバーイ!」


 俺たちに頭を下げた厚樹少年とアイシャの二人が手を繋ぎながら歩いていく。

 それを俺たちは日陰の下にあるベンチに座りながら手を振りながら見送った。


「突然ですが早霧ちゃんは不機嫌です!」


 ――ボスっと。

 二人の背中が見えなくなったのと同時に、早霧が俺の肩に頭を乗せてきた。

 これは親友だから分かることだけど、これは不機嫌なんじゃなくて構ってほしいだけだと思う。


「ノンビリするのは良いけど、学校に遅れるぞ?」

「むう……学校と私どっちが好きなの?」

「早霧」

「あー、うー、あー!」


 ――ボスっ、ボスっ。

 軽いヘッドバットが肩に二回。

 これは多分照れているだけだと思う。


「あんな急にちゅーすることないじゃん……」


 どうやらまださっきのキスを根に持っているらしい早霧がボソッと呟く。


「あれが今日のファーストキスだったのにさ……」


 今日のファーストキスってなんだ?

 その言い方だと毎日ファーストキスしてるのか俺たち?


「……なら、やり直すか?」

「それはなんか負けた気がするからやーだー」


 ちょっと期待して聞いたのに断られてしまった。

 乙女心とは難しい。


「でもさっきのキス、喜んでたよな?」

「それとこれとは別だよ」

「否定はしないんだな」

「うん」


 潔いのか根に持ってるのかどっちなんだ。

 まあ喜んでくれたなら俺も嬉しいけどさ。


「だから私のお願いを二つ聞いてくれたら許してあげます」

「だからで繋げるのおかしくないか? それに二つって、図々しいなお前」

「一回のちゅーに、一回の不意打ちだから、二つなのです」

「はいはい……それで、お願いって?」


 こんな回りくどいことをしなくても早霧のお願いなら何でも聞いてやるのに。

 まあ回りくどい面倒くささがあるから早霧は可愛い気もする。


「……今日この後、学校でしょ?」

「ああ、久しぶりのじぶけんだな」

「……学校でも、ちゅーしてくれる?」

「…………今さら聞くことか?」

「今だから良いの! 最低五回ね!」

「五回!?」


 キスってそんな必要にかられてするものじゃないだろ。

 いやまあ、今さら五回なんてすぐだけどさ……。


「うん。五回。全部違う場所が良い」

「場所指定まであるのか!?」

「だ、だって夏休みだからあまり学校に行けないし……」

「……つまり、学校でしたくなったってことか?」

「……そうとも、言うかも」


 そうとしか言わないと思う。

 可愛いお願いだけど、何でまた急にこんなことを言い出したんだろうか。


「アイシャちゃんと厚樹くん、八月になったらお別れしちゃうでしょ?」

「ん? ああ、そうだな……」

「それで今、色々と思い出を作ろうとしてるよね」

「まあな。今日も早霧のアレで写真をいっぱい撮ったしな」

「……私も、蓮司との思い出……もっとほしい」

「…………」


 なんだこの親友……可愛すぎか?

 どうやら厚樹少年とアイシャを見ていて羨ましくなったらしい。

 いや可愛いな本当に。


「……わかったよ、五回な。だけど長谷川やユズルの前ではしないからな?」

「そ、それは大丈夫! うん、大丈夫……大丈夫」


 早霧は自分に言い聞かせるように大丈夫を連呼する。

 それを見て少しだけ不安になった。

 早霧と気持ちが通じ合った今、隠すつもりも無いけれどやっぱりタイミングっていうものがあるし、何より俺たちの関係をどう説明していいものかと実は悩んでいる。


 まあアイツ等なら何の心配も無いと思うけど、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。


「それで、二つ目はなんだ?」


 また顔が熱くなるのを感じて俺は話題を進める。


「あ、うん……それなんだけどね」


 すると早霧は俺の肩に乗せていた頭を上げて。


「……今夜、私の家来れる?」


 俺の耳元で、そう囁いたんだ。

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