第159話 「可愛いーっ!」
私にいい考えがある。
そう早霧が言った時、ろくでもないことが起きる可能性はかなり高かった。
「お、おい本当にやるのか!?」
そしてそれは、見事に的中することになる。
困惑する俺は最後の抵抗にと、もう一度だけ確認するけど。
「うん! 頑張ってね蓮司!」
日陰の下のベンチで座っている早霧に、笑顔で手を振られてしまった。
どうやら俺に逃げ場は無いのである。
いや、もっと正確に言うのなら――。
「アツキ! ガンバレー!」
「う、うん……頑張るよアイシャ!」
――俺と厚樹少年が、だった。
早霧の隣に座っているアイシャも厚樹少年に手を振っている。
じゃあ、厚樹少年は今……どこにいるのか?
「厚樹少年……今ならまだ引き返せるぞ?」
「い、いえ……アイシャの為ですから頑張ります!」
立っている俺の……目の前だった。
俺たちは今、組体操でもするんじゃないかってぐらいに近い距離にいる。
厚樹少年が前で、俺が後ろだ。
これはラジオ体操初日の、後ろから抱きつくバージョンと全く同じ配置だった。
「そ、それに僕。蓮司さんのこと……信じてますから」
「お、おう……」
何かその言い方、ちょっとアレだな……。
厚樹少年。君はとても顔が良いんだから、真下からそんな純粋な顔で見つめてくると結構アレなんだと自覚した方が良いと思うぞ。
「始めるよー!」
「ガンバレー!」
「や、やりましょう蓮司さん!」
「お、おい待て心の準備が!?」
『腕を前から上にあげて大きく背伸びの運動~!』
俺の制止も虚しく、早霧のスマホからいつものラジオ体操音源が流れ始める。
その音楽にあらがうすべはなく、俺は厚樹少年の両手を後ろから掴んでラジオ体操を始めるのだった。
『一、二、三、四、五、六、七、八……』
「…………」
「…………」
なんだこれ。
俺は後ろから厚樹少年の腕を大きく動かしている。
けどそこに早霧の時のような感動は生まれず、無だった。
俺は無心だし、真面目な厚樹少年は素直に俺の動きに身を預けてるし。
なんかこれに覚えがあるなって思ったけど、アレだ……早霧の部屋で俺が顔を隠すために使った羊のぬいぐるみを動かしているのと同じ感覚だった。
『手足の運動~!』
「アツキカワイイ!」
「ねー! 可愛いね!」
だけど美少女二人は大盛り上がりだった。
許嫁が俺に好き勝手に身体を動かされているのを、アイシャは満面の笑みで見ていて、それに合わせて早霧も笑顔になっている。
笑顔になってくれるのは嬉しいけど、とても複雑な気分だった。
『腕を回しま~す!』
「あ、アイシャ……あんまり、見ないで……」
「…………」
俺の腕の中で注目されながら動かされている厚樹少年が恥ずかしそうに呟く。
俺は何とも思っていなかったのだが、恥ずかしがる彼を前にしてると俺もなんだかイケないことをしてるんじゃないかって恥ずかしくなってきた。
『深呼吸で~す!』
「お兄ちゃんも! 顔アカイ!」
「可愛いーっ!」
――カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ!
早霧がスマホのカメラを連射している。
厚樹少年と深呼吸をして無理やり心を落ち着かせている俺は、その暴挙になすすべもなくただ撮られ続けることしか出来なかった。
「あ、ありがとうございました……蓮司、お兄さん……」
「ああ、お疲れ……」
お互いに疲れて変な感じになっているが、ラジオ体操をしただけである。
小学校高学年とはいえ、早霧より背が低い厚樹少年を動かすのは心身ともにいつも以上に疲れてしまった。
「アツキ!」
「わっ!?」
そんな息があがっている厚樹少年にアイシャが飛びつく。
厚樹少年は少しふらついたけど見事にアイシャを受け止めた。
流石はアイシャを抱っこして公園まで来た男だ。
「れんじー!」
「よっと」
「何でっ!?」
それを真似して早霧が飛びついてくるので俺は避ける。
めちゃくちゃ抗議の目を向けてきた。
むしろ俺が早霧に向けたい。
何やらせてくれてんだ、何勝手に撮ってんだ、って。
「可愛かったよ?」
「褒められ足りなくて怒ってるんじゃないぞ俺は」
そんな俺を見て変な勘違いをした早霧が首を傾げる。
確かに早霧は俺に可愛いって言われると喜ぶけど、俺は可愛いって言われても喜ばないぞ?
「でも私の蓮司フォルダは潤ったし……」
「でもで繋げて良い言葉じゃないなそれ」
蓮司フォルダって何だ。
初めて聞いたぞ、そんなフォルダがあるの。
「んー、じゃあ。はいっ!」
「え?」
早霧が俺にスマホを渡してきた。
え? 蓮司フォルダを本人である俺が見ろと?
ていうか、このスマホの中に早霧が撮った自撮りの元もあるんだよな……。
ひょっとしたら俺に送ってないだけでもっと際どいのがあって、それも見て良いってことだろうか。
「アイシャちゃん、次は私たちの番だよ!」
「うんっ! アツキ、見ててね!」
違った。
うん……全然違った。
早霧たちもラジオ体操をやるから音楽流してねって渡してきたスマホだった。
変な勘違いと妄想をした俺を、猛烈な恥ずかしさが襲ってくる。
「うん、見てるよアイシャ! あれ? 蓮司さん座らないんですか? こっち涼しいですよ?」
「ああ、涼もうか……顔が、熱いんだ……」
火照った顔を冷ますために厚樹少年と日陰のベンチに腰掛ける。
そのまま早霧たちに気づかれないように、俺は有無を言わさずラジオ体操の音源を流し始めた。
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