第151話 「似合う?」

「ふぅ……」


 早霧の家から帰ってきて、自宅に帰った俺は速攻でシャワーを浴びて汗を流した。

 バスタオルで汗を拭いて部屋着に着替え、自分の部屋に入ると出迎えたのは最強にした冷房の風……。


 確かにこれは癖になりそうだった。


「色々あったな……」


 深くベッドに腰かけて。

 リモコンでエアコンの温度を戻しながら、ため息吐いた。

 スク水家族会議から早霧の家に行って、裸を見て、何度も濃厚なキスをしながら胸を揉んで……。


「うがああああああああっ!」


 抑えられた煩悩が湯水のように湧き出してきた。

 あのままいってたら絶対に、絶対に……と、俺の中のオオカミが叫んでいる。


「……オオカミ! そうかレンジ、お前か!」


 バッと起き上がった俺は元凶の一つかもしれないぬいぐるみを手にする。

 それは早霧が俺の部屋に置いていった、顔中傷だらけの二足歩行する灰色オオカミのぬいぐるみ、レンジ。

 ぶっきらぼうだが人畜無害そうな目をしている、俺と同じ名前のぬいぐるみだ。


「……はぁ」


 年甲斐もなくぬいぐるみと見つめ合った俺は、虚しくなってすぐに止めた。

 レンジを枕元に置いて、自分は逆方向に寝転がる。

 なんていうか、ぬいぐるみと一緒に添い寝するのは違う気がしたんだ。


「…………暇だな」


 本格的にやることが無くなってしまった。

 それは早霧が早霧の母さんと買い物に行ってしまったからだろう。

 確か早霧の父さんの誕生日プレゼントを買いに行くと言ってたっけ。

 出かけるのは良いなとなんとなく思ったけど、この暑い中を特別な用事がなく出る気はしないし、俺が母さんと一緒に買い物は出来ればしたくないなと思った。


「……暇だ」


 暇すぎて、暇しか言ってない。

 本当に俺は早霧がいないとつまらない人間だった。

 気晴らしに夏休みの宿題をしようかと思ったけど、早霧が一緒にやろうって絶対に言ってくるからその時で良いやって思う。

 この前やった億万長者ゲームも一人でやるのはつまらないし、また自分らしさ研究会のメンバーを誘えても早霧は確定で遊べないから意味が無い。


「……ひょっとして俺、早霧に生活を合わせすぎじゃないか?」


 俺は暇すぎて、衝撃の真実に気づいてしまった。


「……まあ、良いか」


 だけどそれは当たり前すぎて、驚くレベルのことでもなかった。


「…………暇だな」


 ――プルルルルルル!


「うおっ!?」


 突然、俺のスマホが鳴り響いて。

 いきなり過ぎて心臓が止まるかと思った。


「さ、早霧!?」


 そして画面に表示された名前を見て、更に心臓が止まるかと思う俺である。

 慌てた俺は通話ボタンを連打した。


「も、もしもし!?」

『……あ、蓮司? 今、大丈夫?』


 スマホから早霧の声がする。

 当たり前だけど、それが何故か嬉しかったんだ。


「お、おう! ど、どうした? 買い物に行ってるんじゃないのか?」

『うん、さっきお父さんのプレゼントを選び終わったところ……』

「ん……? 声遠くないか?」


 早霧の声が少し小さく感じた。

 後ろからはデパートか何かの店内放送みたいな音声が聞こえている。

 外だから小声で話しているんだろうか?


『あ、ごめんね? あんまり声出せる場所じゃなくて……』

「ああ、そっか。まあ聞こえはするし大丈夫だけど、どうしたんだ?」

『あー、それは……』

「早霧……?」


 何か、早霧の歯切れが悪い。

 でも店内放送はハッキリ聞こえるから、電波のせいじゃなさそうだ。


『買い物に来たついでに、ママと新しい服を選んでるんだけど……』

「服? おお、珍しいな」


 早霧は自分の服には基本無頓着だから、部屋着は古着同然のダボダボTシャツがデフォである。

 外出時もラフで動きやすい服装を好んでいるが、それも早霧の母さんに言われて渋々買いにいくとかなんとか。

 ぬいぐるみとか可愛いものは好きなのに、可愛い自分が身に着けるものは何でも良いと言う珍しいタイプだ。


『うん、その……ママが、うるさくて……』

「あー、大変だな……」


 さっきの暴走っぷりを見るに早霧は母さんに頭が上がらないらしい。

 そういう俺も母さんには勝てる気がしないけど。

 親近感を覚えた俺がとりあえず同意をすると、スマホの奥から深呼吸をするような音が聞こえた。


『そ、それでさ……新しい服だから、ちょっと見てもらっても良い?』

「……俺が?」

『う、うん。蓮司が……』

「別に良いけど、そんな良いアドバイスとか上手いことは言えないぞ?」

『あ、うん。ちょっと感想くれればいいから……じゃ、じゃあ送るから切るね?」

「え? あ、おーい」


 ――プツッ。

 有無を言わさず通話が切れてしまった。

 すると間髪入れずにメッセージアプリに通知が入る。

 それは早霧のアカウントとの個人チャット欄からの通知だった。


さぎりん【似合う?】


 そうチャットに表示されてから、しばらくして。


「……ん?」


 何も送られてなかった。

 おかしいなと思った俺は首を傾げる。

 さっきも確認したけど電波は悪くなさそうだし、最初のチャットもすぐに送られてきたから……何でだ?


 そう疑問に思ってたら、軽快な通知音が鳴り響いて――。


「ぶぁっ!?」


 ――下着姿になった、早霧の自撮り画像が送られてきたんだ。



――――――――――――――


※作者コメント。


 少し長くなってしまったので、二分割してもう一話を夕方に投稿します。

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