第150話 『早霧のこと、お願いね?』

 半裸の早霧を押し倒してキスをしようとしたら、隣に早霧の母さんが座っていた。


「うわあああああああああああっっ!?」

「きゃあああああああああああっっ!?」

「あらまあ、終わりなの……?」


 俺も早霧も大絶叫。

 なのに早霧の母さんは平然とした表情で座布団に正座していたんだ。


「なっ、まっ、ま、ママ!? な、何でいるの!?」

「何でって……何回呼んでも返事しないんだもの。だから来ちゃった!」

「来ちゃった!?」


 てへっと、早霧の母さんは自分の頭を小突いた。

 多分これ、俺の母さんがやってるのを見たら俺は耐えられなかっただろう。

 早霧は驚いた様子で俺の顔を見てきたけど、俺も同様に気づいてなくて今現在進行形で心臓がバクバクなので首を横に振っておいた。


「い、いつからいたの……?」

「んーそうねぇ……蓮司くんが早霧の服を脱がした時から?」

「ぶっ!?」


 俺は思わず吹き出す。

 モロに現行犯だった。

 俺が大事な一人娘の服を脱がしているところが、母親にバッチリ見られている。

 エアコンが効いているのに冷や汗が湧き出てきた。


「二人ともラブラブですっごいドキドキしたわぁ……ママも教室でパパを押し倒した日のことを思い出しちゃった!」

「何言ってるのママ!?」


 早霧の母さんは頬に手を当てて身をよじらせる。

 それに早霧は目を見開いて半裸のまま止めにかかった。

 うん……その気持ちはよくわかる。わかるけど下着姿は揺れるのがよく見えるので大人しくしててほしい。


「あ、パパで思い出したわ! ほら早霧、そろそろ出かける時間よ?」

「え? も、もう……!?」

「もうよ、もう。……まったく、パパの誕生日プレゼントを内緒で買いに行こうって言ったの早霧でしょう?」

「う……」


 母は強しとはこういうことを言うのだろう。

 暴れる早霧は正論カウンターによって一気に不利になった。

 ていうかそんな大事な予定があるのに早霧、お前……いや俺も悪いけどさ。


「ほーら立って。はい、もう一回シャワー浴びてきなさい?」

「え、でも……」

「でもじゃありません。自分の状態は自分が一番分かってるでしょ?」

「は、はい……」


 言いくるめられた早霧が渋々と立ち上がり、チラッと俺を見てからさっき投げ捨てたバスタオルを持って部屋を出ていく。

 どうやら早霧は同じバスタオルを何回か使いまわすタイプらしい。

 ……まあ、知ってたけど。


「まったく、誰に似たのかしらねぇあの子……うふふ」


 そして、そんな軽い現実逃避をしても逃れられない現実があった。

 部屋に残された俺と……早霧の母さんの二人きりになってしまったんだ。


「ごめんなさいね蓮司くん? あの子、一度夢中になると周りが見えなくなるの」

「あ、はい……知って、ます……」


 気まずい。

 早霧に言ってることなのに、俺にもその言葉が刺さりまくっている。

 そうでなくても俺が早霧の服を脱がせて押し倒す現場からずっと見られていたんだから、気まずい以外の何物でもなかった。


 ……土下座した方が良いだろうか?


「でも、元気になってくれて本当に良かったわぁ……ありがとうね、蓮司くん」

「い、いえ……」


 俺なんて……とは言えなかった。

 それは早霧と一緒にいる機会を与えてくれた両親の想いを裏切ると思ったからだ。

 早霧と一緒にいるのと同じぐらい、俺は早霧の両親とも交流があった。

 だからその想いはよく知っている。


「あの子ね、いっつも笑顔で蓮司くんのこと話してくれるのよ」


 テーブルに置かれた昔の写真を見ながら、早霧の母さんは小さく微笑んだ。

 嬉しそうに微笑むその顔は早霧とよく似ていて、親子だなと本当に思う。

 早霧は簡単に言いくるめられて残念そうに風呂場へ向かったけれど、本当に愛されて育っているのを俺は改めて実感した。


「蓮司くん」

「あ、はい!」


 早霧の母さんが俺を見る。

 俺はつい背筋を伸ばした。


「早霧のこと、お願いね?」


 真っ直ぐ俺を見るその顔は、娘を愛する親の顔だった。

 そんな愛の込められた真剣な眼差しで早霧を託された俺は、今まであった恥ずかしさや気まずさなんて全部吹っ飛んでいて。


「はい。必ず、幸せにします」

「あらまあ、気が早いこと……うふふ」


 誠心誠意想いを込めて、頷いた。

 そんな俺に早霧の母さんは微笑んで――


「でも、いくら早霧が可愛いくてもフローリングの床に押し倒すのは駄目よ? 押し倒すならちゃんとベッドに押し倒さなきゃ」

「……え?」


 聞いてもいない、謎のアドバイスが始まった。


「私も最初にパパを押し倒した時はねぇ、さっきも言ったけど教室の床だったから。私も初めてで痛かったけど固い床で寝ていたパパも次の日身体バキバキだったの……あ、変な意味じゃないわよ?」

「いや、あの……」

「その点、蓮司くんは早霧の部屋だからそこは満点だけど出来れば蓮司くんの部屋の方が良いわね。多分あの子も私と同じで好きな人の匂いを嗅ぐのが大好きだから」

「お、お母さん……?」

「やだお義母さんは本当に気が早いわぁ……学生結婚は大変だからね? 勢いに任せるのも良いけど、避妊だけはしっかりしてね? わかった?」

「はい……」


 母は強し、リターンズ。

 こうして一人盛り上がった早霧の母さんとの謎レクチャーは、早霧が風呂から帰ってくるまで続いていく。


 余談だが、流石に二回目は早霧もバスタオルだけで入ってくることは無かった。


  ◆


 だけど。


「早霧は性格だとパパに似てるところが多いから、きっと誘い受けタイプよ。だからちゃんと察してあげてね? そうするとすごい喜ぶと思うから」

「はい……」

「な、何話してるのママーっ!?」


 部屋に戻ってきた早霧が、大慌てで手に持っていたバスタオルを実の母親の顔面に投げつけて。


「あらまあ……」


 早霧の母さんは微笑みながら、静かにキレるのだった。



―――――――――――――――――



※作者コメント


 お家イチャイチャ編、完!

 あ、本編はまだまだ続きます。

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