第145話 「き、着ろってこと!?」
「もう、二階から急に叫び声が聞こえちゃってママびっくりしちゃったんだから。蓮司くんがいて驚いたからって、大きな声出しちゃ駄目よ?」
「うん……ママ、ごめんなさい」
「うふふ、まだ出かけるまで時間あるから。蓮司くんと仲良くね? うふふふふ」
――ガチャリ。
早霧の母さんが微笑みながら部屋の扉を閉める。
古着同然でダボダボの部屋着を着た早霧はシュンとしていたが、扉が閉まるのと同時に後ろで正座している俺を恨めしそうに睨んできた。
「うぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅ……」
「……ごめん」
恨みのこもったビブラート。
俺は謝ることしか出来なかった。
「……なんで、いるんでしょうか?」
敬語で聞かれた。
とてつもない心の距離を感じる。
「これを、届けに来ました」
俺は正座をしながら小脇に置いていた紙袋を差し出した。
なんていうか時代劇の賄賂を渡すシーンとかこんな感じだった気がする。
状況的にはその後に裁かれているシーンだけど。
「……なにこれ?」
「忘れ物でございます」
「……ふーん、ありがと」
大変ご立腹のご様子。
早霧は俺にジト目を向けながら紙袋に手を入れる。
「…………え?」
そして、中からスクール水着が出てくると固まってしまった。
「き、着ろってこと!?」
「ち、違う! 偶然だ偶然! ていうか忘れたのお前だからな!?」
「だ、だってあの時は蓮司が……うぅぅ~~っ!!」
「……ごめん」
突拍子もないことを言い出した早霧に俺は思わずツッコミを入れてしまった。
しかしそれが引き金になって早霧はあの時のことを……風呂でのぼせて俺が脱がせようとした時に目覚めたことを思い出して……そこから更に連鎖的につい先ほどのバスタオル脱ぎ捨て事件までフラッシュバックしたようである。
早霧はこれでもかと真っ赤になった顔を、手に持ったスクール水着で隠した。
顔にスクール水着を押し当てる絵面がアレだなと思ったけど、言わないでおく。
「ひょっとしてだけど早霧、お前まさか家だと服を着てな――」
「き、今日だけだからね!? すっごく暑かったからお風呂あがりにエアコン最強にしたのをやってみたかっただけだからね!? たまにだからね!? 蓮司が来るって知ってたらやらなかったからね!?」
俺の言葉を遮って早霧が弁明の言葉を早口で語る。
だけど一瞬で墓穴を掘っていた。
どうやら俺の親友は裸族に片足を踏み込んでいるらしい。
聞かなかったふりをしておこう。
「……なんか、私だけ裸を見られるの……不公平な気がする」
俺の親友がなんか言ってきた。
正座している俺が動けないことを良いことにじわりじわりと迫ってくる。
「ぬ、脱げってことか!?」
身の危険を感じた俺は、自分の身体を抱きしめた。
普通こういうのって逆じゃないだろうか。
「ううん、それじゃあ私と同じレベルだから恥ずかしさが足りないし……」
早霧は悩む。
恥ずかしさが足りないって何だよ。
ていうか普通、女の子が自分の裸を見られる方が恥ずかしいだろうが。
いや別に、だから俺も脱ぐって話じゃないけどさ。
「……あっ」
眉間にしわを寄せてまで俺を辱めようと悩んでいた早霧が何かを思いついたようである。
そしてその視線は、手に持っていた紺色のスクール水着へと向けられていた。
「き、着る……?」
そのスクール水着が、差し出された。
早霧は俺を社会的に殺すつもりだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます