第146話 「じゃあ、後ろからぎゅってしてくれたら……良いよ?」

 俺が早霧のスクール水着を着る。

 流石にそんな非人道的な未来は訪れなかった。

 早霧は役目を終えたスクール水着を自分のベッドの上に無造作に置く。

 早霧のベッドに早霧が着ているスクール水着が置かれているという状況はなんていうか……間違っては無いんだけど間違いを犯した後みたいな光景だった。


「……なあ、本当にこんなんで良いのか?」

「んー、これが良いの」


 そんな間違いから目を逸らして。

 俺の目の前には早霧の奇麗な白い髪が、具体的には頭頂部があった。

 今現在、俺は早霧の機嫌を直すため絶賛言うことを聞いている。


『じゃあ、後ろからぎゅってしてくれたら……良いよ?』


 少し前のこと。

 スクール水着を雑に置いた後の発言とは思えないぐらい可愛かった。

 俺は早霧のベッドの下に背中を預けて足を軽く開く。その間に早霧がすっぽりと収まり、俺に体重をかけてきた。。

 お風呂上がりの良い匂いが早霧の全身から溢れ出ている。

 エアコンの設定は戻したけどまだ寒い室内では早霧の体温がとても心地良かった。


「はぁ……これ好きぃ……」


 俺の腕の中で早霧がとろけている。

 もし早霧が猫なら、きっと喉をゴロゴロと鳴らしている筈だ。

 これが好きなのは分かったけど、回した俺の手をソフトタッチしながら撫でるのを止めてほしい。めちゃくちゃくすぐったいんだ、これ。


「俺さ……シャワー浴びてないから臭わないか?」

「蓮司の匂いだし、良いよ?」

「良いって……お前は風呂入ったばかりだろ? せっかく汗を流したのに」

「……すんすん」

「嗅ぐなよ!?」


 早霧が俺の腕に鼻をつけて匂いを嗅ぐ。


「えへへ、蓮司の匂い……」

「そりゃ、どうも……」


 褒められてるか微妙なところだったけど、早霧の声音が嬉しそうだったのでお礼を言っておいた。

 キスが大好きで裸族に片足を突っ込んでいる匂いフェチと、早霧の情報がどんどん更新されつつある今日この頃。

 ……今頃、父さんと母さんはまだ昔話に花を咲かせているんだろうか。

 平和過ぎて、そんな関係のないことを考えてみたりした。


「……幸せ」

「……だな」


 何もない日常。

 それが尊いものだと知った気がする。

 俺の勘違いだったけど家で母さんたちと話したときは早霧と別れるんじゃないかって一瞬でも思ってしまったから。

 今、こうして自分の腕の中に早霧がいて同じことを思ってくれていることが本当に嬉しい。


 だけど、俺たちとは違って厚樹少年とアイシャはもう少ししたら別れてしまう。

 それはきっと俺が想像する以上に辛く悲しいことだ。

 だからこそ、俺や早霧も協力して最高の思い出を作る手伝いをしてやりたい。


「ごろごろ~」

「…………すぅー」


 それはそうと。

 今はこの幸せを謳歌しても良いんじゃないだろうか。

 早霧が本当にごろごろ言い出して揺れだしたし、そのおかげで良い匂いがふんわり漂ってくる。

 早霧は本当に良い匂いだ。

 甘くて安らぐ、幸せの香り。

 俺はこの匂いを一生嗅いで生きていける自信がある。

 もしかしたら俺も匂いフェチかもしれない。

 ああ匂いといえば……俺も早霧と一緒のボディソープやシャンプーを使っているけれど、どうしてこうも違うのだろうか。この数日で同じ風呂にも入ったのに、当然だが俺と早霧の匂いは全然違う。

 ああ風呂といえば……俺、ここ最近何度も早霧と一緒に風呂に入ってるよな。一回目はバスタオルで、二回目は水着で。だけどその両方も事故だったり故意だったりで早霧の裸を見てしまっている。

 ……それを言うなら今日も見ちゃったけどさ、早霧の綺麗な裸を。

 いつもは服の下に隠れてるけど、俺の予想を超えて成長しまくってるんだよなぁ。

 元気になったのは良いことだけど、元気すぎる気がする……成長的な意味で。

 

 ――さっきの口ぶりだと、たまにこの部屋を裸で過ごしてるんだよな?


「あの……蓮司、さん……」

「うおっ!? な、なんだっ!?」


 不埒な想像……もとい妄想をしていると急に早霧が俺の名を呼んだ。

 俺は慌てて返事をするけれど、何故か早霧がさん付けで呼んでいる。

 でもさっきと違って怒らせたような、距離は一切感じない。

 むしろゼロ。ゼロ距離だ。

 ということはまた何か早霧は変なことを思いついたのだろうか。


「お、お尻に……か、かたいの……あたってる……」

「…………」


 誰か、俺を、殺してくれ。

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