第144話 「――い?」

「……地獄だった」


 照りつける日差しの下で、俺はため息をつく。

 あの後リビングで父さんが嬉々として母さんとの馴れ初めを話し出して、母さんはそれに顔を真っ赤にさせてキレた。

 そこから真っ先に逃げ出した俺は、早霧の家へと向かっていたのである。


「……いま職務質問されたら終わるな、俺」


 片手に持った紙袋。

 その中には折りたたまれた早霧のスクール水着が入っている。

 母さんが洗濯をして軽く干したのか手触りが良くて……いや、よそう。

 下手に褒めると父さんと同じ道を歩くことになる。

 それは少し嫌だった。


「…………」


 早霧の家に向かう数分の道を足早に歩く俺は、傍から見たら不審者のようだろう。

 人通りが少ない閑静な住宅街なのに、誰かに見られたらと考えてしまうんだ。

 それほどまでに早霧のスクール水着というのは、とんでもない危険物なのである。


「……よし」


 そうして。

 わずか数分の道のりは何事もなく終わった。

 早霧の家の玄関前に立ち、特に悪いことをしている訳じゃないのに気合を入れてインターホンのボタンを押す。

 聞きなれた音が鳴って少しすると、玄関の向こう側から足音が聞こえてきた。


「はーい、どちらさまぁ? あら? あらあらまあまあ蓮司くん、うふふ、こんにちは!」

「あ、どうもこんにちは」


 出てきたのは早霧……の、母さんだった。

 早霧と同じ奇麗な白髪を肩にかかるぐらいのショートヘアーにした美人な母さんが、エプロン姿で現れた。

 何か料理でも作っていたんだろうか?


「早霧? うふふ、早霧に会いに来たのよね?」

「あ、いえ……そうと言えばそうなんですけど、えっと……」

「良いから良いから! 入って入って! 早霧は今お風呂に入ってるから、早霧の部屋で待っててね!」

「え? あ、はい……お、お邪魔、します……」


 スクール水着を返しに来ただけなのに。

 早霧の母さんの圧に負けた俺は靴を脱いで家の中へと入っていった。

 早霧のスクール水着を、早霧の母さんに渡して良いものかと悩んだ一瞬の隙をついた……見事なお誘いだった。


 早霧の母さんは忙しそうに廊下を小走りで抜けてリビングへと消えていく。

 残された俺は、一人階段を上り二階にある早霧の部屋へと向かっていった。


 俺、男だぞ……?

 そう思うけど、これが昔からお互いの家に入り浸っていた幼馴染の特権なのだ。


「早霧、いるかー?」


 親しき中にも礼儀ありである。

 お手製のネームプレートがぶら下げられた部屋をノックするが、当然返事は無い。

 早霧の母さんが言うように、早霧は風呂に入っているのだろう。

 

 そういえば父さんと母さんのせいでシャワーを浴びる暇が無かったなと思いながら、俺は早霧の部屋の扉を開ける。

 出迎えたのは、部屋中に飾られた沢山のぬいぐるみと……凄まじいエアコンの冷気だった。


「さむっ!?」


 一瞬で汗が引っ込むような寒さである。

 足早に部屋に入り、テーブルの上に置いてあったエアコンのリモコンを確認すると冷房の風量最大で最低温度が表示されていた。


「……何考えてるんだ、あいつ」


 ――ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。

 リモコンのボタンを連打して設定温度を上げる。

 このままでは外との温度差で風邪をひきそうだった。

 ゴオオオオッと音を立てて冷気を吐き出していたエアコンが静かになっていく。

 今は寒いけど少し待てばマシになるだろう。


「……ん?」


 手持無沙汰になった俺が部屋を見渡していると、ぬいぐるみだらけのベッド横にある勉強机の上に置かれていた、あるものを発見した。

 それは一つの、写真立てである。

 

 以前学校を休んだ早霧をお見舞いに来た時にも見かけたけど、いま見るとまるでその意味が変わってくる写真だ。


 そこには、顔中を怪我して病院のベッドに座っている子供の時の俺と、そんな俺に泣きついている幼い時の早霧が写っていた。


 そう。

 俺が忘れていた大切な思い出の後に、泣き止まない早霧に気を利かせて早霧の両親が撮った……思い出の写真である。


「……早霧」


 胸にこみ上げてくるのは、愛しさと申し訳なさだ。

 ずっと大事にしてくれていたんだなと思う反面、こんな近くにヒントがあったのに気づいてやれなかったという想いがぶつかりあう。

 そのどちらにも共通するのが、早く早霧の顔が見たいという気持ちだった。


 ――ドタドタドタ!

 そんな俺の想いが通じたのか、扉の向こうから階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。きっと俺が来ていることを早霧の母さんに聞いて走ってきたんだろう。


 ああ、可愛い奴め。

 自然とニヤける口を上手く戻しながら、俺は早霧が入ってくるのを待った。


 ――ガチャッ!

 すると程なくして、勢いよくドアノブが引かれて扉が開き。


「あー! エアコン効いた私の部屋、涼しー――」


 バスタオル姿の、早霧が入ってきて。


「――い?」


 そのバスタオルを、投げ捨てるように脱ぎ捨てたんだ。

 俺が見ている、目の前で。


「…………」

「…………」


 まるで時間が止まったように、俺たちは見つめ合って、固まる。

 でもハラリと落ちたバスタオルが、時間が動いていることを物語っていた。


 部屋に入った状態で、バスタオルを投げ捨てて、全裸でバンザイした状態で固まる早霧。

 とりあえず俺は近くにいた羊のぬいぐるみで顔を隠し、そっとお辞儀をさせる。


「……ごめん」

「ぴぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!??」


 俺と羊の謝罪をかき消した早霧の悲鳴は、家中に響き渡った。


―――――――――――――――――


※作者コメント

 温度差!!(室温)

 またしても裸を見てしまった蓮司くんの明日はどっちだ。


 はい。

 ここでお知らせです。

 新作ラブコメを投稿いたしました!


 タイトルは

【根暗で臆病な後輩は八尺様】


 本作とは少し、いやかなり毛色が違うややホラー風味がありますけど結局はいつも通りなオカルト青春ラブコメです。

 よろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです!


 作品は上記タイトルで検索していただくか、作者ページから読めます。

 もしくは下記URL

 https://kakuyomu.jp/works/16818093082027816224

 からお願いします(このページからURLって踏めるんですかね?)


 もちろん本作品も並行して今まで通り投稿を続けますので、引き続き最終章をお楽しみください。


 ゆめいげつ。

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