第142話 「じゃあ、またね!」
「今日はありがとうございましたっ!」
「ジュースありがとーっ!」
厚樹少年は大きくお辞儀をして、アイシャはぶんぶんと手を振って、二人は家に帰っていく。
それに俺と早霧も手を振って返し、一緒に帰り道を歩いていた。
「うぅ……お腹たぷたぷ……」
「二回当たった時点で止めとけば良かっただろ」
「連続で当たったら試したくなるじゃん……」
隣を歩く早霧が苦しそうに自分のお腹に手を当てている。
早霧とアイシャが自販機にジュースを買いに行って、その全部が当たるという奇跡を起こしたらしい。
四本買ったのが全部当たりで八本、それを俺たちは二本ずつに分けてベンチに座りながら飲み干したのだ。
俺は暑かったから楽に飲めたが、何故か全部ロング缶を選んできたせいでこうして早霧は今苦しんでいる。
他意はないが、お腹を擦っている早霧の姿はレアで、なんか良いなって思う。
他意はない。
「……なんか、視線がえっち」
「んなっ!? そ、そんなことないぞ!?」
「……あーやーしーいー」
早霧にジト目を向けられた。
まるで身体を隠すように身体を捻り、その状態で器用に歩いている。
その変なポーズで普通に歩けるんだと感心するけど、変な疑いをかけられた俺は気が気ではなかった。
「そ、そんなことよりっ! 厚樹少年とアイシャの話、聞いたんだよな?」
「え? あ、うん。アイシャちゃん、イギリスに行っちゃうんだよね……」
俺は話題を変えることに成功する。
そろそろ誤魔化しの達人として名乗っても良いかもしれない。不名誉すぎて名乗りたくないけど。
話は真剣な方に戻って。
早霧はラジオ体操の前に抱きついた時、二人の為だからと言っていた。
最初はその意味が分からなかったけど、厚樹少年の話を聞いてようやくそれを理解した。
早霧も早霧で、二人には後悔してほしくないんだろう。
それは俺も同じだ。
「蓮司も厚樹くんから聞いたの?」
「早霧たちがジュースを買いに行ってる時にな」
「私もその前に聞いて、ジュースを買ってる時に二人でお話ししたんだ。おばあちゃんのことは大好きだしすごく心配だけど、厚樹くんと離れたくないって……」
話は単純で、だからこそ複雑な話だ。
許嫁であることは抜きにしても、好きあってる二人が自分たちにはどうしようもない理由で離れ離れになってしまう。
成長した今ならスマホやパソコンを使えばネットで簡単にビデオ通話が出来るだろうけど、それでもずっと一緒にいた相手と一緒にいれなくなるのはとても辛い。
「もう、早くて一週間しか無いのに……どうしたら良いのかな?」
「違うぞ早霧。まだ、一週間あるだろ」
「……え?」
不安げな早霧に、俺は告げる。
早霧は目を丸くして俺を見つめた。
「夏休みはまだ始まったばかりだぞ? 明日も明後日も、俺たちでラジオ体操を一緒にして、もしかしたらゴミ拾いも地域合同だから一緒かもしれない。それを抜きにしても日曜日には――」
「――あっ! 夏祭りっ!!」
俺の意図に気づいた早霧の表情がパァッと明るくなる。
気持ちが通じ合ったみたいで、俺は少し嬉しくなった。
「俺たちは手助けと応援しかしてやれないけど、最高の思い出にしてやろうな」
「うん! 私と蓮司みたいにね!」
「あ、おいっ! くっつくなって!」
「えー?」
早霧は嬉しそうに笑いながら俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
せっかく日陰で涼んで汗が引いたのに、また身体が熱くなりそうだ。
「そ、それでだな早霧……作戦会議もかねてじゃないが、今日この後は」
「あ、ごめんね蓮司? 今日はお昼からママと一緒に買い物に行っちゃうんだ」
「そ、そうか……」
ここからが俺の本命だった。
早霧と過ごす今日の予定を練ろうとしたのに、言い切る前に断られてしまった。
ショックだが、それも仕方ない。
家族と過ごす時間は大事だし、この数日間早霧を独占していたし。
……ちょっと、寂しいけど。
「……寂しい?」
まるで心を読んだかのように早霧が腕を組みながら俺を見上げてくる。
「……まあ、な」
視線を逸らしながら、俺は頷いた。
一昨日までの俺だったらこれも誤魔化していただろうけど、親友として分かり合えた今の俺は無敵なのである。
いや、嘘だやっぱり恥ずかしい。
「えへへ、私も」
嬉しそうな声がする。
こんなにくっついているのに、まだ顔は見えない。
「……そんな蓮司に、寂しくならないおまじないがあるって言ったら、欲しい?」
「そりゃ欲しいけど、それってまたキスじゃ――」
「――んぅ」
――キスだった。
俺の腕を引っ張り、背伸びをしての、帰り道での触れ合うキス。
学校帰りに初めてキスされた時と同じ、ジュース味のキスだった。
「これでもう、寂しくない?」
「……まだ、寂しいって言ったらどうなるんだ?」
「えへへー! 今日はもう、駄目ー!」
唇を離した早霧は、満足そうに笑う。
「じゃあ、またね!」
「……おう、またな」
俺の手を離して、早霧は手を振りながら駆けていく。
寂しいのに心が満たされていく、悪戯な笑みだった。
◆
「……ただいまー」
いつもの丁字路で早霧と別れて、俺は我が家の玄関を開いた。
さっきしてもらったキスの味を思い出しながら、口がにやけないように平然を装いながら靴を脱ぐ。
内心とても満たされているが、今日一日が暇になってしまった。
そう言えば一人でいる時の俺って何をしていただろう?
これでは母さんの言う通り、俺は早霧がいないと何も面白みが無い男になってしまうかもしれない。
だからとりあえず一度シャワーを浴びてこれかのことについて考えよう。
厚樹少年とアイシャのことを、明日からの部活のことを、そして早霧とのこれからと、俺たちにとっての夏祭りのことを――。
「あ、蓮司。ちょっと……」
「……母さん?」
そんなことを考えながら靴を脱いでスリッパに履き替えると、リビングから顔を覗かせた母さんが俺を呼んで手招きしている。
いつもならヨガのおかげだとか言ってうるさいぐらいに元気なのに、なんだか少し違和感があると言うか静かだった。
「何かあったの? 父さんの腰?」
「ちょっと来て」
最初はまだ父さんの腰が痛むから声量を落としているんだと思ったが、そうじゃないらしい。
どこかよそよそしく、リビングに引っ込んだ母さんに俺は首を傾げながらその後を追う。
「蓮司、こっち座って」
リビングに入ると、エアコンの風が嫌に冷たく感じた。
案内されたのはいつもの四人掛けテーブル。
様子がおかしい母さんの指示に従って俺はいつも自分が座っている場所に座ると、向かい側には既に二人が座っていた。
「どうしたの母さん? 父さんまで……」
「…………」
「…………」
そこには俺にとってはいつもの二人……父さんと母さんが座っていた。
俺たち一家全員がいつものリビングでいつものテーブルにいつもの定位置で座っている……なのにこの違和感はなんだろうか。
母さんは深刻そうな顔をしているし、父さんも腕を組んで難しい表情をしている。
そんな二人を見て、良い気分は当然しないし何故だか胸の内がゾワゾワしてきた。
「……蓮司」
その嫌な空気の中で、母さんは重たい口を開いて。
「大事な話が、あるの」
真剣に、俺の目を見て、そう告げてきたんだ。
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