第134話 「……ちゅーしてくれたら、治るよ?」

「蓮司が怒った……」

「俺だってな、そりゃ怒るわ」


 シュンとした早霧が赤くなった両手に手を添える。

 いくら俺が早霧のことが大好きでも、忘れてるという直近での重要なワードでからかわれたら話が別だった。

 まあ早霧も悪気があった訳では無いと思う。

 現に今も反省してるのか、俺の隣で背を丸くして小動物のように座っていた。


「顔がヒリヒリする……」

「……引っ張ったからな」


 早霧の頬はとても柔らかかった。

 手触りがよくモチモチしていて、もしかしたら少し強くしすぎたかもしれない。


「うぅ……」

「……大丈夫か?」


 早霧が顔を上げないので心配になってきた。

 途端に罪悪感が沸き上がってくる。考えてみればどんな理由があったとしても異性に手を出すなんて最低の行為じゃないだろうか。


「駄目かも……」

「ほ、本当か!? 病院! 病院行くか!?」

「やだ……蓮司が治して……」

「お、俺が!? どうやったら治せるんだ!?」

「……ちゅーしてくれたら、治るよ?」


 訂正。

 ちっとも反省していなかった。

 俯きながら指の隙間からチラチラと俺の顔を覗いている。

 バレてないと思ってるのだろうか。


「それは無理だ」

「えぇっ!?」


 だから断った。

 不意打ちの一回目はともかく、朝の公園で子供たちを待っている状況で二回目のキスなんて出来るわけない。

 だというのに、断られるとは思ってなかった早霧は大きく目を見開いた。


「早霧だって、他の人に見られるのは恥ずかしいだろ? そろそろ最初の三人が来るかもしれないし」

「う……」


 文句を言ってきそうだったので正論の先制パンチで黙らせる。

 俺はともかく、早霧の恥ずかしい姿を他の人には見せたくない。


「だから我慢、な?」

「うん……」


 シュンとしてしまった。

 それもさっき怒った時よりも深く落ち込んでしまった。

 俺とキスが出来ないのがよっぽどショックなのか、これは間違いなく落ち込み、反省しているようである。


「…………」

「…………」


 そのせいか、会話が途切れてしまった。

 そんなに早霧は俺とキスをしたかったんだろうか。

 昨日別れた後から我慢して、ようやく今日会えたのにキスを出来たのはたった一回だけ……そう考えると俺はとんでもなく酷いことをしているんじゃないだろうか。

 だけどこれは早霧の為であり、俺も心を鬼にしなければならない。


「…………」


 心を。


「うぅ……」


 鬼に。


「ちゅー……」

「……早霧」


 ――ちゅっ。


 無理に決まってるだろふざけるな馬鹿野郎。

 俺は俯く早霧の顔に手を添えて、赤みが引いてきた左の頬にそっとキスをした。


「え、れ、蓮司っ!?」

「ほ、頬なら……まあ、な、治ったか?」


 やってみて、とんでもない恥ずかしさが襲ってきた。

 唇と唇でするキスとは違う恥ずかしさ。

 こちらの方が健全な筈なのに普段やらないことと不意打ちでしてしまったという背徳感が相乗効果を引き起こしている。

 こんなの、キザな男しかやらない行動だろうじゃないか?


「…………」

「早霧……?」


 早霧が固まってしまった。

 目を見開いたまま、ギギギと俺から視線を逸らしていく。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?」

「早霧!? や、やっぱり気持ち悪かったか!?」


 ――ジタバタジタバタ!!

 早霧は両手で顔を隠し、ベンチに座りながら両足を勢いよくばたつかせた。


「ち、ちが、違くて……」


 あまりにも勢いよく足をばたつかせたせいか、早霧は息を荒げながら首を振る。

 だけど両手は隠したままなので、表情は見えない。


「ほ、ほっぺたにしてくれたのが嬉しくて……顔、見れない……」


 顔は隠していても、白い髪の隙間から見えていた耳は先まで真っ赤になっていた。

 こ、これはアレだろうか。

 早霧が軽い気持ちで俺に『忘れてない?』と言ったのと同じように、俺も軽い気持ちで早霧が喜ぶ要素であるほっぺたへのキスをしてしまったのではないだろうか。

 言われてみれば最初に早霧にキスされてから今日まで、ほっぺたへのキスは一回も無かった気がする。


「さ、早霧……」

「あ……」


 しかし実は別にそんなことはどうでもよくて。

 照れて悶える早霧が可愛すぎた。

 どうしてもその顔が見たくなって、背中を丸めたその華奢な肩に両手を置いた。


「れ、蓮司……」


 俺の腕の中で、顔から手を離した早霧の赤くなった顔が目の前にある。

 潤んだ瞳は下から俺を見上げ、その距離がどんどんと近づいていって――。


「おはようございまーす!」

「おはようございます!」

「お、おはようございます……!」

「っ!?」

「っ!?」


 ――公園入口から駆け寄ってきた元気な子供たちの声で、その距離は一気に離れるのだった。

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