第六章 俺たちは幸せを分かち合いたい
第132話 「にゃんにゃんっ!」
今まで、忘れていたことを断片的にだけど俺は何度も夢で見てきた。
そして、早霧の協力もあって俺は大切な思い出を思いだすことが出来たのである。
だけど、人が寝ている時に夢を見るということは普通のことなのだ。
だから、俺は今日も夢を見る。
『にゃんにゃんっ!』
一目見て。
あ、これ夢だなと夢の中にいるのにそう思った。
けれどこれは、今までのように過去を追体験するようなものではなく、もっとトンチキなものらしい。
『みゃーお! あ、蓮司だにゃんっ!』
『な、何やってるんだ、早霧……?』
『早霧じゃなくてあの時助けてもらった白猫の早霧ちゃんだにゃんっ!』
早霧が、猫になっていた。
正確には、白い猫耳を付けて、両手両足に大きな猫の足を模した手袋と長靴を履いて、極めつけには露出の多い白いビキニを着ているというとんでもない恰好だった。
そしてどういう原理か分からないが白い尻尾や猫耳が動いていたけれど、これは夢なので気にしなくて良いだろう。
『……あの時の白猫は俺たちじゃなくてお姉さんたちが助けた筈だが?』
『んーっ! ちゃんと思いだしてくれてるにゃんっ! 嬉しいにゃん!』
『……聞いてくれよ』
夢で猫になった早霧は、人の話を聞いてくれなかった。
そもそも元から夢中になると人の話を聞かない性格ではあったけど、本物の猫になってより聞かなくなったようである。
……どう見ても、本物の猫じゃないけど。
『にゃーん……』
『あ、おい早霧っ!?』
夢なのでいつの間にか俺はベッドの上で寝ていて、そこに白猫の早霧が顔を擦り付けてきた。
間近で見るその表情はすごく幸せそうだけど、これはとてもいかがわしい状況になってしまったのではないだろうか。
ベッドの中で白猫ビキニコスプレの早霧と一緒に寝ているとか、とんでもなくとんでもなかった。
『れんじぃ……』
『さ、さぎっ、さぎぃっ!?』
チロチロと、キスではなく舌を使って俺の顔を舐めてくる。
その赤く火照り熱を帯びた表情はとても煽情的で、夢とは思えないほどにリアルだった。
『ん……ちゅっ……ぺろ……私のせいで、怪我しちゃって……痛くない?』
『け、怪我……!? って、何だこれっ!?』
早霧が俺の顔を舐めている中で、俺自身にも変化があった。
猫になった早霧と同じように、俺にも灰色の耳が生えて獣の手足になっていたのである。しかも顔には無数の傷痕があって、これはショッピングモールのぬいぐるみ屋で買った灰色オオカミのレンジと同じに見えた。
何故早霧に顔を舐められて身動きが取れないのに自分の顔が分かるかと言えば、これが夢だからである。
『オオカミさんになっちゃった蓮司もカッコいいにゃん……』
早霧が俺の顔の傷痕をなぞるように舌先で舐めてくる。
生暖かくて湿り気があるその舌は少しザラザラしているのにくすぐったくて、顔が唾液でベタベタになっていくのに早霧のものだからかとても甘い匂いがして頭がボーっとしていった。
『……動物さんなんだから、服着ちゃ駄目だよね?』
耳を舐められながら囁かれた一言に、一瞬頭の理解が追い付かなくて。
『……ねえ、親友?』
『は、えっ……なぁっ!?』
気づいた時には、何故か俺がベッドの上に寝転んだ早霧を押し倒すような姿勢になっていた。
しかもお互い服を一切纏っておらず、早霧はその大きな胸を両手で隠しながら裸の俺を見つめている状態だった。
それでも猫耳と尻尾があるのは、やはりこれが夢だからだろう。
『蓮司はぁ……オオカミさんだからぁ……』
胸を隠していた早霧の手がするりと外れ、覆い被さっている俺の顔へ伸びてきて。
『……私を、食べて……良いよ?』
露わになった白くて魅力的な身体と、真っ赤になった顔で見つめられる破壊力。
そしてそこから繰り出されたセリフに、オオカミとなった俺が我慢できるわけも無かった。
『さ、早霧……っ!!』
――しかしこれは夢なのだ、悲しいことに。
人の夢と書いて儚いとか、誰だ最初に言った奴と俺はキレても良いだろう。
そんな俺と早霧の、白猫と灰色オオカミのピンク色な夢の景色は、無情にも光となって消えていった。
◆
「……早霧っ!?」
勢いよく目を覚ますと、視界に広がったのはベッドに寝転ぶ裸の白猫……ではなくて俺の部屋の天井とむなしく伸ばされた俺の右手だった。
朝が嫌いで、寝起きが悪い俺の中では過去最高レベルでハッキリとした目覚めだろう。
「……はぁ」
しかし身体は気だるげで、気分は最悪だった。
それは夢の内容をハッキリと覚えているからだ。
「……早霧で、エロい夢を見てしまった」
天井に伸ばしていた手がバタンとベッドに落ち、無力感と罪悪感、そしてガッカリ感に苛まれる。
大切な過去を思い出し、ずっと一緒にいる親友として通じ合った日の夜にエロい夢を見てしまった。
そりゃあ今までも一緒に風呂に入ったり裸を見たり見られたり、触れ合ったりとしてきてそういう目で見ることの方が多かったけど、いきなりコレはちょっと自分の欲に正直すぎじゃないだろうか。
「……オオカミなのか、俺?」
のそっとベッドから起き上がり、目に入ったのは机の上に置かれた灰色オオカミのぬいぐるみ、レンジ。
俺と同じ名前のその傷だらけオオカミは、ぶっきらぼうな顔で俺を見つめるだけで返事を返してくれることは無かった。
――――――――――――――
※作者コメント
最終章、開幕です。
おや、いつもと夢の様子が……?
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