第128話 「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」

 長い長い、思い出話が終わりを告げる。

 ふぅーと早霧が息を吐いて、隣にいる俺に視線を向けた。


「……思い、だした?」


 早霧自身、喋りながら大切な思い出を振り返っていたからか、その表情は満ち足りているように見える。

 忘れてしまっていた俺に怒るでもなく、悲しむでもなく、優しさだけが込められているように見えたんだ。


「…………ごめん」


 だから。

 俺は震える声で呟き、頭を下げた。

 早霧の優しさに触れて、自分の愚かさが嫌というほどに分かって、向けられている顔が……見えなくて。


「……そっ、かわわぁっ!?」

「忘れてて……ごめん……っ!!」


 頭を下げ、顔を伏せたまま、隣に座わる早霧の身体を抱き寄せていた。


「れ、れれれ蓮司ぃっ!?」

「全部……全部、思いだした……! 俺が言ったのに、忘れてて……そのせいで早霧を……傷つけた……本当に、ごめん……」


 矛盾していることは分かっている。

 謝って許されることじゃないと分かっていても、これだけ想ってくれていた早霧を愛おしく感じてしまったんだ。


 いっそ、とんだクズ野郎と罵ってくれた方が楽になれるだろう。

 

「……蓮司、泣いてるの?」

「……ごめん」

「……ううん、良いよ」

「……良くない……本当に、ごめん」

「……蓮司の方が、泣き虫になっちゃったね」


 でも、早霧はそうはしなかった。

 こんな俺を許してくれて、だからどんどん胸が苦しくなる。


 目頭が熱い。

 伏せた俺の頭に、あたたかい手が触れる。

 その手は優しく、そう、優しく俺の頭を撫でてくれたんだ。


「……あの時の蓮司も、きっとこういう気持ちだったんだね」

「……え?」

「……神社の中で、不安で泣いてばっかりの私をさ、励ましてくれた時」

「…………っ」


 優しい声音が、耳元で囁かれる。

 それはとても心地良いのに、俺は何故か言葉に詰まってしまった。

 そして脳裏を過ぎるのは、ついさっき思いだしたばかりの大切な思い出だ。


「……今度は私が、蓮司にお返しする番だね」


 頭を伏せているで早霧の顔が見えない。

 けど頭を撫でられながら語りかけられるその言葉に、苦しかった俺の胸の奥が震えだした。


「……ねえ、蓮司?」


 名前を呼ばれた。


「……ありがとう」


 だから俺は、この感謝の言葉を聴かなければならない。


「……一緒にいてくれて、ありがとう」


 あの時の俺と同じ言葉。

 いきなり心臓がドクンと跳ねて。


「……たくさんお話しをしてくれて、ありがとう」


 でも違う早霧の言葉。

 思わず下唇を噛みしめた。


「……元気になるまで待ってくれて、ありがとう」


 あの時の早霧もこうだったのだろう。

 駄目だと分かっているのに嗚咽が漏れる。


「……いつも笑顔にしてくれて、ありがとう」

 

 笑顔になったのは俺の方だ。

 むしろ俺は早霧を傷つけたのに。


「……私を」


 言葉が、止まる。

 思わず顔を上げてしまった。きっとぐちゃぐちゃになっていて、人には見せられないぐらい酷い顔だろう。


 そんな俺に、早霧は。


「……私を、親友にしてくれて、ありがとう」


 早霧は、笑顔を見せてくれた。


「ねえ親友」


 ああ、これは――。


「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」


 ――俺がずっと見たかった、早霧の笑顔だ。


「ああ、ああ……! 親友だから……ずっと、一緒だ……! ずっと、ずっと!!」

「うん。ずっと、一緒だよ……!」


 そう笑った早霧の瞳からも一筋の涙が頬を伝って。

 俺はみっともなく、それよりも大粒の涙を流し続けた。

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