第127話 『れんくん』
※早霧視点
――――――――――――――――――――
『れ゛ん゛く゛~゛~゛~゛~゛ん゛っ゛っ゛!!』
夏祭りから三日後だったよ。
蓮司がね、病院で目を覚ましてくれたのは。
あの時の私はそれが嬉しくて嬉しくて、私や蓮司のパパとママが隣にいるのもお構いなしに思いっきり蓮司に抱きついたんだ。
『さ、さっちゃん!?』
『れ゛ん゛く゛~゛ん゛っ゛!』
目を覚ました蓮司は私の心配なんてまるで知らないみたいに目を丸くさせてた。
お医者さんは重度の夏風邪だって言ってたけど、小学生だった私はそんなこと理解できなかったから……。
だからね。
蓮司が目を覚ましてくれた時は、本当に嬉しかったんだよ?
『ごめんね……ごめんね……!』
『さ、さっちゃんどうしたの!?』
『蓮司アンタ! どうしたのじゃないわよ……こんなに心配かけて!!』
『そうだぞ蓮司! お前、熱が四十度以上出てたんだぞ……お前ぇっ!!』
『お、お母さんにお父さん落ち着いてください! まだ目を覚ましたばかりなんですから安静にぃ……!』
泣く私に蓮司がアタフタして、そんな私たちを見た蓮司のパパとママが抱きしめながら羽交い絞めにして、更にそれを見た看護師さんがすごく焦ってた。
病院は昔から嫌いだったけど、その日だけは好きになれたんだぁ……。
◆
『任せて! さっちゃん……ううん早霧ちゃんは僕……いや、俺が守るから!』
『えへへ……ありがと、れんくん!』
退院してから、蓮司は少し変わった気がした。
自分のことを僕じゃなくて俺って言うようになって、私のこともさっちゃんじゃなくて早霧ちゃんって呼ぶようになったんだよね。
それを私はあまり気にしなかった。
だって蓮司が隣にいてくれて、私を守ってくれようとしている。
それがすごく嬉しかった。
それに。
蓮司が倒れる前に言ってくれた言葉が、ずっと私の胸に残っていたから。
私たちは親友で、ずっと一緒だよって言って……キスをしてくれたから。
私の、大切な……思い出だから。
◆
『い、一緒に……あ、遊ぼっ!』
だからね。
私も頑張ろうって思えたの。
今までは蓮司に頼りっぱなしだったから。
だから我慢したの。
何故か話さなくなった夏祭りのことを私から話して、またキスをしてもらいたいなって何度も思ったけど……それじゃあずっと甘えちゃうなって思ったから。
だから私は、夏休み明けに勇気を出してクラスメイトに自分から声をかけたんだ。
『やーやー、八雲さーん。もちろん良いよぉー。ねー?』
『……ふ、ふんっ! し、仕方ないわね! と、特別に赤堀くんもどう!?』
今まで蓮司の影にずっと隠れていた私を、クラスの子たちは嫌な顔をせず受け入れてくれた。
蓮司以外の友達が初めてできたの。
勇気を出して声をかけて……本当に良かった。
身体が悪いことを理由にして、壁を作っていたのは私だったんだよね。
◆
『ねえ、れんく……蓮司? その、蓮司は部活に入らなくて本当に良かったの?』
『ん? ああ、うん。部活に入ると早霧との時間が減るしなあ。早霧が一緒の部活に入ってくれるなら話は別だけど』
『……運動部は無理かも』
『俺も文化部はちょっとな』
『じゃあ帰宅部で良かったね』
『そうだな。そのおかげで早霧と一緒にいられる時間も増えるし』
『えへへー!』
中学校に上がっても、私たちはずっと一緒だった。
小学校から一緒だった友達は私たちのことを知ってたけど、中学校で初めましての友達とは中々難しかったよね?
『お、どうした早霧に用があるのかお前? なるほど分かるぞお目が高いな。だがまずは俺が話を聞くぞ?』
『れ、蓮司っ!? 私は大丈夫だから!!』
だってさ。
あの頃の蓮司はまだ、今よりもすっごく過保護だったからなー。
まあそれもまた、嬉しかったんだけどね!
◆
『出席番号一番。赤堀蓮司です、よろしく。そして一番最後にはなるが教室の一番端にいる白髪の美少女が俺の幼馴染の八雲早霧だ。見た通りその雪のように綺麗で長い白い髪と色白の肌。儚くも淡い色をした瞳に長い睫毛と整った眉に高い鼻、それから薄桃色で春の訪れを感じさせるような唇といった女神のような顔にスタイルの良い身体と天に二物も三物も与えられたかのような神秘的で美しい女性でありながら、いざ話してみると気さくでふざけるのが大好きな性格をしていて一緒にいるだけで明るくて楽しい気分になれるというギャップを秘めているだけではなく、それこそ天と大地からの恵みである雪解け水のように澄んだしおらしさを時折見せてくれながらも子供のように無邪気に甘えて笑う姿は春から夏にかけて移り変わる新緑のような初々しさを感じさせ、初夏のような爽やかな中に熱の込められたその声音は一度聞けば絶対に忘れられないと小学校時代からの友人にも大絶賛でな――』
『じ、自分の紹介じゃないの――っ!?』
高校に入学して最初の自己紹介、私まだ忘れてないからね。
そのせいでクラスの女の子たちから質問攻めにあって大変だったんだから……。
◆
『れ、蓮司どうしよう……!』
『どうした? そんな焦った顔をして』
『ら、ラブレター……入ってた』
そんな波乱万丈な高校生活が始まってすぐに、新しい変化が私に訪れたの。
蓮司も知っての通り、最初は一通のラブレターから始まってそこからは他のクラスの人や先輩から何度も告白されたんだよね。
『ど、どうしよう……』
『早霧はどうしたいんだ?』
『……むっ』
蓮司は中学の時と比べて過保護じゃなくなったけど、この時だけはちょっとムカッとしちゃった。
もっと焦ってくれても良かったのに……。
でも私の意志を尊重してしたいようにさせてくれるのは、子供の時から変われて強くなれたんだと実感できてさ、嬉しかったよ。
『……聞いてくるよ、告白。それでちゃんと断ってくる。だから待っててくれる?』
それから、私の告白を断り続ける日々が始まったんだ。
◆
『私には好きな人がいます。だからごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、お付き合いはできません。ごめんなさい』
一年間。
私は色々な人から告白をされて、それを断り続けた。
それが私を好きになってくれた人にできる、私の誠意だと思ったから。
人を好きになるって、本当に素敵なこと。
毎日が楽しくて、ポカポカして、その人のことを考えるだけで嬉しくなって、顔を見て、声を聞いて、胸の中があったかいものでいっぱいになる。
でも……良いことばかりだけど、それと同じぐらい苦しかった。
好きな人のことを想うだけで胸が張り裂けそうになって、今は何を考えているんだろうって横顔を見る度に気になって、そんな私の気持ちが届いていないんじゃないかって不安になって……。
みんな幸せで、辛い想いをしてるんだ。
私だけじゃなく、みんなが。
だから私も……それに応えなきゃって思ったの。
勇気を出して一歩を踏み出すって、すごく怖いことだから。
私も、蓮司がいなかったら変われなかったから。
◆
『蓮司ー、お待たせー!』
でもね、時々思うことがあったんだ。
『いつもありがと。私が告白されてるのに、待たせちゃって』
『気にするな。お前も大変なら行かなくても良いんだぞ?』
『せっかく勇気を出して告白してくれてるんだから、誠意を持って断らなきゃ』
私が告白されている間、蓮司は嫌じゃないのかなって。
この日もいつものように、通学路の途中にある近所の公園で暑い中一人で待っててくれたよね。
『律儀だな』
『蓮司だって、いつも待ってくれてる』
『また倒れられても困るからな』
『それ子供の頃だってばー!』
高校生になっても蓮司は私のことを心配してくれるけど、私だって心配だった。
あの日みたいに蓮司が倒れちゃうんじゃないかってさ。
――小学校五年生の七月から、高校二年生の七月。
長いようであっという間だった、楽しいのに苦しい時間。
本当は我慢できなくなって、何度もあの日のことを聞こうって思った。
だけど変わろうって思って、友達ができて、その間も蓮司がずっとそばにいてくれたから……それが、当たり前になっちゃった。
『あげる』
『ん?』
『待っててくれるお礼』
『それ俺のぶどうジュースだろ』
『学園一の美少女が口をつけたぶどうジュースだよ?』
『お前なぁ……』
蓮司は優しい、すっごく。
私を待っている間、蓮司はいつも大好きなぶどうジュースを用意してくれた。
それが嬉しくて、むずがゆくて。
私だけ意識してるのずるいなって思って、飲みかけのぶどうジュースを渡しても蓮司は何のためらいも無く口にしてさ。
『本当に何の躊躇も無く飲むよね』
『俺のだからな』
飄々としている。
それが本当にずるいなーって。
だからちょっと意地悪な質問をしたくなった。
『蓮司、いっつも待っててくれるけどさ』
『どうした急に?』
『……私が告白を受けて、来なかったらとか考えないの?』
『その時はその時考えるさ』
『え、うわ、なに、それ、ずるっ』
やっぱりずるい。
だって何の疑いもなく私を待っていてくれるんだもん。
『早霧だって、ただ嫌だから告白を断っているんじゃないんだろ?』
『う、そ、そうだけど……』
そんな私の気持ちも全部見透かしたように蓮司は笑う。
『まあ俺はずっと待ってるさ。コレでも飲んでゆっくりな』
そう何気なく言ってくれた言葉に、私は雷に打たれたような気分になった。
『……それって、そういう、こと?』
だって……ずっと、待ってくれるって。
ずっと一緒にいてくれるって……私が言われてすごく嬉しかった、あの時の言葉と似ていたから。
『ん? ああ、もちろん』
『え、あ、ほ、ほんとに……?』
本当だよね?
嘘じゃないよね?
フラッシュバックするように蘇ってくるあの日の記憶。
私の中にある、大切な思い出が色づき始めて――。
『だって、親友だろ?』
『……えっ?』
――満開の、花を咲かせてくれた。
思わず聞き返してしまうぐらい、心が震えていた。
親友。
久しぶりに言ってくれた、大切な言葉……。
世界で一番大好きな、蓮司と私だけの特別な言葉!
『俺達、ずっと親友でいような』
涙が出そうだった。
もしかしたら、ちょっと泣いちゃってたかも。
ずっと。
ずっと、欲しかった。
あの時と同じ言葉を聞きたかった。
でも聞いたら甘えちゃうし、何かの拍子にまた蓮司が倒れちゃいそうで怖かった。
『……しん、ゆう?』
『ああ、そうだろ?』
それを、蓮司から言ってくれた。
頑張って言葉を繰り返す私に、蓮司は素敵に笑ってくれた!
好き。
蓮司が好き、大好き!
ずっと大好きだったけど、やっぱり私すっごい蓮司のことが大好き!
大大大大大好きっ!!
「……親友」
嬉しい……嬉しい!
また親友だって言ってくれて、すっごく嬉しい!
親友。
親友……。
親友……!!
『親友なら、良いよね?』
蓮司が親友って言って、してくれたからさ。
『ん? ああ、親友なんだから遠慮せずに――』
これはあの日の、お返しだよ。
『――んっ!』
『――んむっ!?』
ネクタイを引っ張って、背伸びをした、初めての、キス。
ほっぺたじゃなくて唇にした、私からのファーストキス。
『……ぶどうの味』
『……え、は? なぁっ!?』
幸せだった。
胸の奥がすごくドキドキして、爆発しちゃいそうだった。
ファーストキスはレモンの味って聞いたことあるけど、私はぶどうの味がした。
蓮司が大好きなぶどうジュースの味。
好きな人の、好きな人とする、好きな味をした幸せのキス。
私はにやける頬を抑えるのに必死だった。
『んー、どうしたの?』
『いや、お前! い、今っ!?』
焦ってる焦ってる。
でも私だってあの時すっごいビックリして、その後に蓮司が倒れちゃった時はすごく心配したんだから!
『親友なんだから……キスぐらい、普通だよね?』
だからこれからは、私の番だよ。
『ふふっ、親友。また明日、ね?』
頑張った分、これからはたっぷり甘えちゃうからね!
――――――――――――――――――――
※作者コメント。
そして、第1話へ。
大変長らくお待たせいたしました。
過去編、完結です。
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