第120話 『れんくんと、さっちゃん⑤』
『れんくん見て見て! ほら! 大吉!』
『本当だ! 良かったね、さっちゃん!』
『うんっ!』
飲食スペースでの生暖かい視線に耐えながら巨大なわたあめを食べ終えた俺たちは、揃っておみくじを引いていた。これは祭りの催し物ではなく神社に元からあるものだけど、せっかく来たんだからと早霧が興味を示したのである。
結果はこの通り、大吉。
その小さなおみくじを両手に握りしめて、早霧は浴衣姿にもかかわらずその場で嬉しさのあまりピョンピョンと跳ねていた。
『ねえねえ! れんくんは? れんくんは!?』
『あ、うん。ちょっと待っててね』
『早く早くっ!』
早霧が喜び、楽しんでくれているのがとても嬉しい。
嬉しくて俺は自分が引いたおみくじを開くのを忘れていぐらいで。早霧にせかされながらおみくじを開くと、そこには大きく一文字の漢字が書かれていた。
『あ、凶だ……』
『え……?』
そう、凶である。
これが吉なら良かったのだが、言葉が違うだけで結果は正反対。
しかしそれよりも俺は、早霧のテンションが下がってしまった方が気になって仕方なかった。
『……まあ、うん。僕はさっちゃんが大吉だったから嬉しいよ!』
『う、うん……そ、そうだよね! れんくん、大凶じゃなかったからまだ大丈夫だよね!』
俺が笑顔を向けると、早霧も何とか納得して笑顔になってくれた。
そのフォローがフォローになっていないとか、そもそも大凶が入っているおみくじは滅多に無いんじゃなかったとか、当時の俺が知る由もなくて。
『あ! じゃあれんくんにあげる!』
『え? 何を?』
『私の大吉! はい! ぎゅーっ!!』
『さ、さっちゃん!?』
そんなことよりも。
突然早霧に抱きつかれたことによって、すべてが吹っ飛んだんだ。
夏の夜、ごった返す人込みの中は蒸し暑くて。それを感じなくなるレベルで違う熱を、俺は子供ながらに感じていた。
『私の大吉で、れんくんの凶なんてどっか行っちゃうよ!』
『あ、ありがとうさっちゃん! 大丈夫! ど、どっか行ったから! もう平気!』
早霧は気づいていなかったけど、さっき以上の微笑ましい目線が道行く人から向けられていて、俺は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
『もう良いの?』
『う、うん! あ、ありがとね……!』
『えへへー! どういたしましてっ!』
離れた早霧がキョトンと俺を見てから、満面の笑みを向けてくる。
俺は熱くなった顔を逸らしながら、ドキドキする自分の胸の鼓動を抑えることに必死だった。
『じゃあさ、れんくん! 次はどこ行こっか?』
『そ、そうだね……さっちゃんの好きなところで良いよ……あ、危ないっ!』
『えっ?』
『キャァッ!?』
『さっちゃん!?』
夜になり、人が増えてきたせいだろう。
早霧の背中に一人の女性がぶつかってしまった。その人は驚いて悲鳴を上げ、その場に尻もちをつく。
早霧も転びそうになったけど、目の前にいた俺が咄嗟にその身体を受け止めたので無事だった。
『さっちゃん大丈夫!?』
『う、うん……あ、ありがと……れんくん……』
今度は俺から早霧を抱きしめて、顔を赤くしたのは早霧の方だった。
『あいたたた……あっ、き、君、大丈夫っ!?』
『えっ? あ、うん……お、お姉さんは?』
『え、あ、あぁ……こ、腰、抜けちゃったかも……』
尻もちをついたままのお姉さんは、俺たちを見上げながら苦笑いを浮かべる。
参道から外れた場所だったので通行の邪魔にはなっていなかったけど、近くにいた他の人は見て見ぬふりというか、我関せずと言った感じだった。
『れんくん、起こしてあげよう!』
『あ、うん!』
『ご、ごめんねぇ……!』
尻もちをついたお姉さんの腕を掴み、俺たちはせーのの合図で引っ張る。
お姉さんは大人だったけど、二人で力を合わせたら簡単に起こすことが出来た。
『お姉さん、大丈夫?』
『うぅ、ごめんねぇ……それとありがとうねぇ……年上なのに情けないなぁ……』
起き上がった女性はペコペコと謝罪とお礼を交えて何度も頭を下げてきて、とても腰が低かった。
『転んじゃったら痛いから、気を付けないと駄目だよ?』
『おっしゃる通りですぅ……』
どっちが年上か、パッと見で分からなかった。
お祭りの雰囲気が、引っ込み思案だった早霧を成長させているのかもしれない。
『あぁーっ! いたーっ!』
そんな俺たちに、また別の人が近づいてくる。
今度は男の人で、年齢はお姉さんと同じぐらいに見えた。
多分大学生ぐらいだったと思うけど、子供の俺たちにとって大人は大人である。
『ったく、目を離したらすぐにいなくなるなお前は!』
『えへ、ごめーん。長い階段見ちゃうとさ、てっぺん……目指したくなるじゃん?』
『どんな理由だよ……って、この子たちは?』
『私の被害者であり、恩人だよ』
お兄さんがお姉さんの隣に立って、俺と早霧に視線を向ける。
背が高かったので俺たちは少しだけ驚いたけど、優しそうな顔のお兄さんだった。
『なんだそりゃ……君たち、もしかしてコレが迷惑かけたか?』
『あ、えっと……』
『ううん、お姉さんが転んじゃっただけ! 私とれんくんで起こしてあげたの!』
後ろからぶつけられたのに、早霧の心はとても広かった。
早霧が悪く思っていないのであれば、俺が特に言うことは無い。
何て言うか、お姉さんからドジとかそういう雰囲気がしていたのもあったから。
『そっかぁ、ありがとなぁ……』
『ちょっとぉ、コレって何さコレって!』
『それは後で聞いてやるから、まず謝れ! それとお礼!』
『ごめんねぇ……! それと本当にありがとうねぇ……!』
『どういたしましてっ!』
背の高いお兄さんは、わざわざ俺たちの目線に合わせるようにしゃがんでくれて、優しい笑顔を向けてくれた。
お姉さんは、表情がコロコロ変わる愉快なお姉さんだった。
『本当にごめんなぁ、二人とも。祭り、楽しんでな? ほら、行くぞ……今度は逃がさないからな』
『やだ、だいたーん……っていたたたたっ!? 力強い強い、強いってばぁ……っ! じゃ、じゃあねぇ仲良しなお二人さーん!』
お兄さんに引っ張られ、お姉さんは人込みの中に消えていく。
そう言えばそんな光景、ついさっきも見たなぁと思った。
『……大吉だったね!』
『え?』
そんなことを思っていると、去っていく二人を見ていた早霧が目をキラキラさせながら俺を見てきた。
だけどその言葉の理由が分からず、俺は首を傾げて。
『でもさっちゃん、大吉なのにぶつかっちゃったよ?』
『うん! それでれんくんが助けてくれたから、大吉なのっ!』
もう何度見たか分からない、満開の笑顔。
『ありがとね、れんくん!』
『う、うん……どう、いたしまして』
けど何度見たって、それは俺の胸を高鳴らせるには十分すぎたんだ。
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