第119話 『れんくんと、さっちゃん④』
『れんくん! れんくん! はい! あーんっ!』
『あ、あーん……!』
『えへへ、美味しい?』
『う、うん……!』
俺は、顔いっぱいに押し付けられた巨大なわたあめと格闘していた。
階段を上った先にもまだ屋台は並んでいて、りんご飴を食べ終わった早霧が次に目を付けたのが、雲のような……わたあめだった。
甘くて、ふわふわで、ぬいぐるみや可愛いものが大好きな早霧にとってはドストライクだったのかもしれない。
『良かったぁ! はい、もう一口! あげる! あーんっ!』
『さ、さっちゃん……こ、これ以上は食べられないし、恥ずかしいよ……』
『えー、親友、なのに……』
『い、いただきますっ!』
『えへー!』
俺は無我夢中で頬張る。
階段を上り屋台を抜けた先は広場になっていて、食事用のテーブルや椅子が並んでいた。
俺たちは人込みを避けるように、端にあった二人席に座ってわたあめを食べているところである。
祭りの陽気な雰囲気にあてられたのか、早霧のテンションはとどまるところを知らない。その大きな声は周りにいた他のお客さんにもバッチリ聞かれていて、俺たちは注目の的だった。
まあ、気にしていたのは俺だけだったけど。
『お祭り、楽しいね!』
『そ、そうだね!』
早霧が喜んでくれてうれしい。
それはそれとして、甘いものを食べ続けた俺の口の中は限界だった。
『ねえねえ! 花火、いつかな!?』
『え? 無いよ? 花火』
『え……な、無いの?』
『う、うん……』
一転して、早霧の顔が曇ってしまう。
早霧の中ではお祭りイコール花火だったらしい。
しかしいくらこの夏祭りが伝統的なものでも、花火は昔から無いのだ。
街外れの小高い丘にある神社は周囲も緑が豊かというか森というか、豊かすぎるせいで花火を上げられないとかなんとか。
でもそんな理由は子供の時の俺たちには理解できる筈も無くて、どうしようもないことだった。
『そんなぁ……』
『じゃ、じゃあさ! 今度一緒にやろうよ!』
『……え?』
『いつもの公園で、大きな花火を買ってさ!』
『……やる!』
今も昔も、早霧が悲しむ姿は見たくなかった。
そんな俺の提案は無事受け入れられて、早霧はまた満開の笑顔を見せてくれる。
この笑顔は、俺にとって花火以上の価値があったんだ。
『あれ? 赤堀くん? それに、八雲さんも』
『わー、八雲さんの浴衣きれー!』
『そ、そうか? べ、別に普通じゃね?』
『ふーん。やっぱり来てたのね』
『……え?』
『あ、みんな』
その時である。
俺たちが座る席に近づき、声をかけてくる少年少女四人組がいたんだ。
彼らは俺たちのクラスメイトで、友達である。だけど当時はまだ早霧の体調が良くなりたてだったので少し距離というか壁みたいなものがあったんだ。
早霧はさっきまで笑顔だったけど、その四人を見てすぐに俯いてしまった。
『こんばんは、赤堀君に八雲さん。夏休みの宿題終わった?』
『それ今聞くー?』
まず話しかけてきたのは中性的な少年とマイペースな少女の二人である。その後ろでは気まずそうな男女が二人、チラチラと俺たちを見ていた。
簡単に言えば後ろの二人が明確に距離があって、前の二人はそんなこと気にしない二人である。
まあ……中学校卒業の時に後ろ二人がそれぞれ俺と早霧のことが好きで素直になれなかっただけだと発覚するんだけど、それはまた後の話だ。
『うん、全部終わったけど?』
『嘘ぉっ!?』
『はやーい!』
『…………』
七月末、夏休み開始から一週間弱である。
俺は早霧と夏休みを楽しむために宿題を全力で終わらせていたんだ。
二人は俺の回答に目を丸くさせて驚いていたけど、早霧はずっと俯いていて。
『し、宿題の話は別に良いだろ!』
『そ、そうよそうよ!』
『…………っ!』
そんな俺たちの会話に、後ろにいた早霧のことが好きだった男子と俺のことが好きだった女子が割って入ってくる。
そしてその大きな声に早霧は一瞬、ビクッと身体を震わせてしまったんだ。
『あー、それもそうだね。せっかくのお祭りだし』
『ねーねー、赤堀くんに八雲さーん。こうして会えたんだしー、これから一緒にお祭り回らなーい?』
『え?』
『…………』
仲介役となっている前二人からの提案。
クラスメイトとお祭りで出会った。そうなるのはまあ、当然と言えば当然だろう。
『ま、まあ? どうしてもって言うなら俺の射的の腕を見せてやっても良いぜ!』
『そ、そうね! 私の金魚すくいも凄いんだから!』
『…………』
そして後ろの二人も、それぞれさり気なく自分の得意分野をアピールしてくる。
『ね、どうかな?』
『みんなで回ればきっと楽しいよー?』
それは願ってもない提案だった。
この祭りをきっかけにクラスメイトとの壁を取り外し、夏休み明けからもっと早霧に学校生活を楽しんでもらえるようになる。
子供ながらに、きっとそれは良いこと尽くめの提案だと思った。
『…………』
――だけどこれは、俺たちが初めて一緒に来たお祭りだから。
『すっごく嬉しいんだけど、今日はさっちゃ……早霧ちゃんと一緒に回るよ』
『えぇー!』
『何でよー!』
俺が断ると、いの一番に反応したのは後ろ二人だった。
好きな人の前では必死になる。今の俺なら、少しは分かるかもしれない。
『ごめんね。早霧ちゃんの身体が良くなってからさ、初めて来たお祭りだから……その、今回は……ゆっくり楽しみたいんだ』
『一緒の方が楽しいぜー!?』
『そうよ、楽しいのにー!』
食い下がらない二人。
それは子供ながらの意地というものがあったのかもしれない。
『まあまあ、今回は二人っきりにさせてあげようよ』
『うんうん、来年は一緒に行こうねー?』
『あ、おいちょっと!?』
『まだ話は終わってないわよー!?』
そんな二人の首根っこを、マイペースな二人が掴んでいく。
彼ら二人は子供ながらに、人間がかなり出来ていると思った。
『じゃあね、赤堀くんに八雲さん!』
『またねー!』
『はーなーせー!』
『はーなーしーてーよー!』
二人は笑顔で、もう二人はじたばたともがきながら、人込みの中へ消えていって。
『……大丈夫、さっちゃん?』
『…………うん』
正直、クラスメイトたちよりも早霧の心配しかしてなかった。
だから必要最低限のやり取りだけで、後は話を回してくれたマイペース二人組には感謝である。
『…………ごめんね』
声が、震えていた。
『わ、私のせいで、みんなと……』
『ううん! 違うよ!』
机に乗ったわたあめを握りしめる手も震えだして、顔が見えない。
その手を俺は、机の上に自分の身を乗り出して両手でしっかりと掴んだ。
『……えっ?』
『僕が! さっちゃんと一緒にいたいから断ったんだよ! だから、さっちゃんは何も悪くないよ!!』
それが本心だった。
もし仮に、万が一早霧がみんなと祭りを回ることに乗り気だったとしても、俺が断っていただろう。
『僕はさっちゃんと一緒が良いな。さっちゃんは、違う?』
『ううん……わ、私も! れんくんと一緒が良い! ずっと一緒!』
『うん! ずっと一緒だよ!』
夢中になって、二人だけの世界へ。
わたあめを挟んで、俺たちは手を握り合う。
それから数秒後、周りからの微笑ましいものを見る視線に気づいた俺たちは揃って顔を真っ赤にするのだった。
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