第118話 『れんくんと、さっちゃん③』

 バスに揺られて三十分弱、街外れにある神社にたどり着く。

 子供だった俺たちにとってはこれぐらいの遠出もちょっとした冒険で、身体が弱くて外に中々出れなかった早霧は特に心を躍らせていた。


『れんくんれんくん! お祭り! お祭りだよ!』

『ふわぁ……そうだね、さっちゃん』


 バス停に降りるとそこは大きな駐車場になっていて、夏祭りに来ていた地元住民や観光客が奥にある神社への参道に向かっている。その道を挟むように焼きそばやたこ焼き、りんご飴にかき氷といった出店から、射的だったり金魚すくいみたいな遊べる屋台がズラッと並ぶ光景は圧巻だった。

 それを目の前にした早霧は目を輝かせていたけれど、対して俺は大きな口を開いてあくびをしてしまって。


『……れんくん、眠いの?』

『あ、ううん大丈夫……ほら、さっちゃん行こう!』

『うんっ!』


 指摘されてようやくハッとして、俺は慌てて腕で目をこする。そして誤魔化すように浴衣姿の早霧の手を取った。

 俺はほとんど徹夜明けのせいか、バスに乗ってから睡魔が襲ってきていたんだ。移動するバスの中、早霧は窓の外を流れる街並みを眺めていて会話が少なかったのも原因だったのかもしれない。


 だって、年に一度の夏祭りだ。

 今でこそ駅前の開発が進んで巨大なショッピングモールが出来たりしたが、昔から続く観光名所で誇れるのはこの神社の夏祭りぐらいな俺たちの街は、この一回の為に街ぐるみで力を入れていた。道の至る所に提灯をぶらさげ、街の中を山車が練り歩き、自治会や学校で結成された奉納太鼓がそこら中から聞こえてくる。


 その全てに早霧は夢中になっていたので、俺は気が緩んでしまっていたんだ。


『れんくんれんくん! りんご飴! りんご飴っ!』

『うん、じゃあ一緒に食べよっか?』

『食べるーっ!』


 参道に入って、早霧は早速りんご飴に興味を示す。お祭りぐらいでしか見ないそれにテンションが跳ね上がり、組んだ俺の腕をぐいぐい引っ張った。


『おじさんおじさん、りんご飴一つくださいなっ!』

『あいよ! おっ、何だ何だぁ嬢ちゃんたち、仲良しだなっ!』

『うんっ! 私たち、親友だもんねー!』

『カッカッカッ! 親友かぁ、良いじゃねぇか! ほれ、一番大きなやつな! それと小さい奴も、サービスだ!』

『え……い、良いんですか?』

『良いんだ良いんだこれぐらい! その代わり、友達がいたら宣伝してくれよ! ここのりんご飴が美味いってな!』

『あ、ありがとうございます!』

『ありがとーっ!』


 気さくで豪快なおじさんだった。

 大きなりんご飴を早霧が持って、小さなりんご飴を俺が受け取る。

 気持ちよく笑うりんご飴屋のおじさんに頭を下げて、俺たちは腕を組みながら人込みの中を進んでいった。


『さっちゃん、落とさないようにね』

『だいじょーぶっ!』


 赤い宝石のようなりんご飴に負けないぐらい、眩しい笑顔だった。

 立ち並ぶ屋台からは美味しそうな匂いや楽し気な声が聞こえてくる。その中を二人で歩くのは夢みたいで。

 早霧が楽しみだったように、俺も楽しみだったんだ。

 こうして、一緒に外に、お祭りに来れて、隣で満面の笑顔を見ることが出来る。

 気がつけば、眠気はどこかへ吹っ飛んでいた。


『さっちゃん、さっちゃん』

『んうー?』


 早霧はりんご飴を口いっぱいに含むながら俺に視線を向けて。


『楽しいね!』

『うんっ!』


 俺たちは、揃って笑いあった。


 参道を照らす赤と白の提灯の光。

 日は落ちだして暗くなり、夜と雨雲の境界線が見えなくなる。

 大きな赤い鳥居を抜けて、長く続く神社への階段を俺たちは二人で上っていった。

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