第116話 『れんくんと、さっちゃん①』
早霧が話し始めてくれた思い出話は、最近よく見る昔の夢の続きだった。
こんな偶然あるのかと思ったけれど、俺が忘れてしまっている場所が早霧にとって、いや俺達にとってとても大切な思い出なのだから……これは、必然なんだろう。
『僕たちは、親友だからね!』
早霧の部屋。
ぬいぐるみに囲まれたベッドの端に座った子供の時の俺は、隣で羊のぬいぐるみを胸に抱いている子供の時の早霧に笑いかけた。
ここまでは今朝見た夢の先だから、しっかりと覚えている。
夏休みに入って七月最後の日曜日に行われる、街外れにある神社での夏祭り。縁結びの神様を祀っているそこは、夏祭りを宣伝するポスターに大量のハートを描くことでこれでもかとアピールしていた。
当時、小学校高学年になってマセ始めていた俺たちも縁結びの意味を知っていて、そこから結婚するしない、まだ出来ないけどしたいとワガママを覚え始めた早霧と喧嘩になる。
あーだこーだと子供ながらに恥ずかしいやり取りや大人になったら結婚しようというありがちなやり取りを続けても、結婚するっていう約束を忘れて俺が離れていっちゃうんじゃないかって早霧は不安になっていた。
そこで俺が言ったのが、ここからの夢の続き――親友という言葉で。
『……うん、それが?』
隣にいた早霧はキョトンと目を丸くしながら俺を見上げてくる。
それもそうだ。親友はもう、その時の俺たちの中でも当たり前になっていたんだ。
『子供の時に約束したよね? 親友だから、ずっと一緒だって!』
そうだ。
この時よりも更にずっと前。
身体がもっと弱くて家からも中々出られなくて泣きじゃくっていた早霧を元気つける為に、俺が言った言葉だったからだ。
『……あっ』
その言葉の真意に気付いたのか、小学生の早霧は小さな口が半開きになる。その顔を見た当時の俺は少しだけホッとして、口元をほころばせながら言葉を続けた。
『僕たちはずっと親友だから、絶対に離れないんだ。だから絶対に忘れない。毎日大好きなさっちゃんと一緒だから、大人になるまで……大人になってから結婚してもずっと一緒だからね!』
『れんくん……!』
隣にいた早霧の表情がパアッと明るくなる。よっぽど嬉しかったのか、その胸に抱かれていた羊のぬいぐるみが押しつぶされて苦しそうだった。早霧はそんなことを気にせず嬉しさから前のめりになって隣にいる俺に近寄り上目遣いで見上げて。
『ほんとだよね! うそじゃないよね!?』
『もちろん! 親友だから、ずっと一緒だよ!』
『うん! れんくんは、いつでも私の隣にいてくれるから……だから、大好きっ!』
『僕も大好きだよ! だからさ……夏祭り、一緒に行ってくれる?」
『うん! れんくんと一緒に行く!』
『ありがとう、さっちゃん!』
見ていて恥ずかしいやり取りを、恥ずかしげもなく行う幸せな、当時の俺たち。
この時点で、答えは出ていたんだ。
早霧にとって親友とは、俺に昔言われた大切な言葉で、ずっと一緒にいる為の関係そのもの。
だから俺が親友じゃなくて恋人になりたいと言った言葉が、どれだけ罪深いものなのかを……そこで俺はようやく理解した。
親友を辞めるってことは、俺が隣からいなくなる可能性を秘めていたから。
――だからあの時、俺は早霧を泣かせてしまったんだ。
これだけでも到底許されないことだけど、これはまだ話し始めの序章である。
この話を聞いて思い出した時点で、俺は話を止めて今すぐにでも早霧に謝りたかったが、まだまだ余罪は残されていて。
夏休みの最初に喧嘩をして仲直りをした……決して忘れてはいけなかった大切な思い出話は、そこから本題の夏祭り当日へと向かうのだった。
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