第113話 「……あの時もさ、こうだったよね?」
キスをする度に思考が停止する。
柔らかいと感じて、温かいと感じて、目を閉じたり薄目で開いたりして、同じようにしている早霧と目が合って、幸せで、ただ、幸せで。
「ん……ふあ……」
長い長いキスの後に早霧の唇がゆっくりと離れていく。
白くて綺麗な長い髪がまるでカーテンのように上から垂れてきて、俺の視界には、いや世界には早霧しか見えなかった。
仰向けのまま正面から重なる身体でも早霧を感じていて。俺の家の、俺の部屋で、俺のベッドの上なのに、意識から何から全てがもう自分の物じゃないみたいだった。
「蓮司も……」
「あ、あぁ……って、お前なぁ……」
俺の上にいた早霧が隣に寝転んでくる。その流れで長い白髪が俺の顔にかかってくすぐったさと同時にシャンプーの良い匂いを運んできた。
早霧の声に促されるままに横を向くと早霧も横を向いていて、その美貌にも長い髪がワサッとかかっている。それを手の指と甲でサッと後ろに流していくと口元が緩んだ愛しい親友の顔がそこにあった。
「ふふっ、ありがと」
「お、おう……って、おい」
「……蓮司も」
「……分かったよ」
微笑みながらモゾモゾと手が伸びてきて、ベッドと俺の身体の隙間を通り抜けて背中に手を回してくる。
早霧が良いと言ったので俺も倣うようにしてベッドと早霧の脇腹の隙間に手を差し込むと両側から異なる柔らかさに包まれた。どちらが好きかといえば、断然早霧だ。
早霧が抱きしめるように力を込めてきたので俺も同じようにその華奢な背中を抱き寄せる。
上下に重なり一度離れた唇が、今度は横向きになってまた近づいて。
「――んっ」
目を閉じて、もう一度キスをする。
冷房の効いた部屋で全身に感じる身体の温かさ。何度唇を重ねても決して飽きる事なんてない毎回違う新鮮なキス。
今回はベッドによって顔を動かせないせいで、鼻と鼻が少しぶつかってしまった。
そんな失敗すらも愛おしいと感じてしまうのは、俺たちが行なっている行為が既に親友の枠を通り過ぎているからじゃないだろうか。
「れんじ……」
キスをしながら息継ぎをするように早霧が俺の名前を呼んで、また唇を重ねる。
それに俺は答えるように、ゼロ距離の身体をもっと抱き寄せた。
「あっ……」
吐息と共に漏れる声が耳から入って脳を揺らす。
密着した状態で身をよじられると、今よりもっと早霧の発育の良い身体を全身で感じる事ができた。
さっきからずっと、ドキドキが止まらない。この鼓動は俺と早霧……どちらのものだろうか。
「これ好き……」
ほとんどゼロ距離で、甘えるような声がする。俺の唇に吐息が触れるのはもちろんの事、少しだけ唇同士が触れ合っていた。
「蓮司と、ぎゅってしながらキスするの……好き」
「こうか……?」
「んぁ……っ」
お姫様の期待に応え、抱きしめる力をもっと強めた。
すると早霧は短く甘い声を出してから、顔を逸らして俺の首筋に顔を埋めてくる。
キスは出来なくなってしまったが、これはこれで良いものだと正直なところ思ってしまった。
「んへ、んへへへ……」
変な笑い声。
首筋に吐息が当たってくすぐったい。
「どうした? 急に笑って」
「……幸せだなぁって、思って」
それは俺も同じだった。
ベッドの上で好きな人とキスをして抱き合う。これで幸せを感じないはずが無かった。
ただ一点。俺たちは付き合っているのではなくて親友同士というとても大きな壁があるが、ここまであからさまな好意を向けられるとだんだんと気にならなくなっていくのもまた事実だった。
俺の意志は思っている以上に弱いのかもしれない。
「……あの時もさ、こうだったよね?」
「……ん?」
俺の首筋に顔をグリグリと押し当てながら、早霧が聞いてきた。
だけどそれだけではヒントが少なすぎると思ったが、すぐに言葉を続けてきた。
「蓮司がこうして、私をぎゅっと温めてくれてさ……」
「ああ……」
そこまできて何となくアレかなと答えが浮かび上がる。
恥ずかしい話だが、こうして早霧とベッドの上で抱き合うという展開はこの一ヶ月間で何度も行っていたからだ。
その中で俺が早霧を抱きしめて温めたというのは、きっとあの時の事だろう。
「早霧がこの部屋寒いから温めてと言ってきた時か……ったく、あの時は急に何を言い出すかと思って緊張したんだぞ?」
俺と早霧がキスをしだして最初の頃、俺のベッドの上で漫画を読んでいた早霧が寒くて風邪ひいちゃうから温めてと言ってきた時の事だ。
あの時は今よりもまだキスをする事に慣れておらず、それこそずっと普通の意味で親友だと思っていた幼馴染から向けられた好意にずっと戸惑っていたのでよく覚えている。
思い返せば、キスと同じぐらい早霧は俺にべったりとくっつくのが好きだったなあなんて思ったりして。
「――え?」
その思考は首元から聞こえた、か細い声によって一瞬でかき消された。
「れん、じ……?」
早霧はゆっくりと顔を上げて俺を見つめてくる。
さっきまでのキスと同じ姿勢で、だけど気持ちや状況は正反対のように感じて。
「覚えて、ないの……?」
淡い色の瞳は驚愕に見開かれ潤んでいるように見える。そして、何度も重ねあっていたその唇は僅かに震えていた。
そこでようやく、俺は気がついたんだ。
やっぱり俺は何かを忘れていて、それはきっと俺たちにとってとても大切な何かだという事を。
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※作者コメント
お久しぶりです。
新生活が始まったゴタゴタで更新が止まってしまい申し訳ありませんでした。
本日からまた再開いたしますので、よろしくお願いいたします。
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