第111話 「……もう一回言って?」
「蓮司さん、シャワーお先に頂きました……」
「うむ……って、待て。何だその口調は?」
公園で早霧を肩に担いで高速グルグルの刑にしてから家に帰ったら、何か様子がおかしくなっていた。
具体的には、汗かいちゃったからとシャワーを浴びて俺の部屋に戻ってきたら喋り方がおかしくなってた。
多分、ふざけてるんだと思う。
「今日は寒いですね……」
「答えろよ。ていうかまだ続ける気か?」
寒いのはエアコンが効いた部屋に薄着で入ってくるからだ。
今日は首元がダボダボの黒Tシャツとショートパンツスタイル。色は変わっても、ダボダボの部屋着なのは変わりなかった。
とんでもなく無防備である。
「あったかーい」
「……俺は暑いんだが」
そのままベッドの上に座っている俺の隣へとやってきた早霧がこれでもかと密着してきた。公園の時と違って前と後ろではなく、横に。肩と肩がくっついて、腕なんかもピッタリと触れ合っている。
それと、変な口調はもう飽きたらしい。
「……今日の昼、何食べたい?」
「おそうめんが食べたいですわ」
「その口調止めろ」
「えー?」
喋り方が直ったかと思ったらどんどんおかしくなってきたのでストップをかける。すると早霧は少し不満そうに聞き返しながら、俺の肩に頭を乗せてきた。
風呂上りの良い匂いがふんわりと漂ってくるのを感じる。
「……制汗スプレーの匂いがする」
「……俺だって、汗かいたからな」
「……シャワー浴びたら?」
「……誰かさんが入ってくるかもしれないだろ」
「…………」
「いや否定しろよ」
口調は戻り、話題が変わった。
俺だって汗の匂いぐらいは気にする。
それもこれも何処かの誰かさんが距離感ゼロのせいだ。
「……私が言うのもアレだけど、前科二犯だし?」
「……本当にアレすぎて返事に困る」
「じゃあ私の勝ちー」
「負けだよ、圧倒的に」
割合で言えば十ゼロで俺が勝つだろう。
「アイシャちゃん達、仲良しだったねー」
「ん? まあ、ちょっと訳ありそうだったけどな」
「なんだかさー、昔の私達みたいじゃない?」
「んー、そうか?」
「そうだよー? いっつも蓮司が私の手を引いてさ、守ってくれたもん……」
「そうか……」
コロコロと話題が変わって、厚樹少年とアイシャの話になった。
あの二人に重ねて、早霧は昔の事を思い出しているんだろう。
顔は見えないが声音が少しだけ優しくなって、俺の肩にかかる重さが少しだけ増えたような気がした。
「……もう一回言って?」
「……ん?」
「公園の、あれ」
「どれだ?」
「その、お姫様って……」
「……んなっ!?」
どんどん早霧がしおらしくなっていって、思わず視線を向けてみれば俺の肩に頭を乗せたまま俯いていた。白く綺麗な長い髪の隙間から見える耳は赤くなっていて、おまけに膝元で指を合わせて弄っている。
そんな早霧の姿を見て、心臓がドキッと跳ねた。
「い、言わなきゃ駄目か……?」
「だって、公園じゃ二人の前で言ってくれたじゃん……」
「それは、そう……」
言ってる途中で気がついた事がある。
これ、どう足掻いても言わされる奴だと。
「……お姫様だよ、早霧は」
「ひゃんっ!? き、急に言わないでよ!!」
「い、言えって言ったのは早霧だろ!」
「こ、心の準備とかあるじゃん!」
「お前がそれを言うのか!?」
早霧はビクッと身体を震わせながら飛び起きる勢いで俺の肩から頭を離す。胸元を手で押さえながら荒い呼吸で睨んでくるが、その顔はとても赤かった。
いつもいつも俺は不意打ちでドキドキさせられているっていうのに、自分の時だけ準備出来ていないとか不公平にも程があると思う。
「だ、だから部屋に入った時からおしとやかにしてたじゃん!」
「いや分かる訳ないだろ! ていうか違和感しかなかったが!?」
あれがおしとやかアピールで、もう一度お姫様と呼ばれたいなんて誰が分かると言うのだろうか。
「そんなぁ……」
力なく早霧がガクッとうな垂れてしまった。
どうやら本気だったらしい。本気であの変な喋り方が早霧が想うお姫様像だったようである。
「……そんな事しなくても、早霧はお姫様だよ」
「……えっ?」
こんな時に軽口の一つでも言えれば良いのだが、如何せん俺という生き物は弱った早霧には弱いのだ。
そのたった一言で、早霧はパッと顔を上げて淡い色の瞳を向けてくる。
この場合、チョロいのは俺と早霧どちらだろうか。
「……本当?」
「あ、ああ……早霧の事で、俺は嘘は言わん」
「え、えへへ……そ、そっか……」
嬉しそうにはにかむ姿が可愛くて、俺も何故だか恥ずかしくなった。
「……ねえ」
「な、何だ!?」
その言葉に胸が跳ねる。
思えば久しぶりに『ねえ』と前置きを置かれた気がする。
「……お姫様には必要なものがあるんだよ?」
「ひ、必要なものっ!?」
早霧が手をベッドの上において、前のめりで近寄ってきた。
ダボダボなTシャツから無防備な胸元が見えてしまって、俺は思わず顔を逸らす。
「……うん」
だから耳元に、可憐な早霧の声が囁かれて。
「……王子様の、キスがほしいな」
それが更に、俺の心臓を跳びはねさせた。
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