第109話 「じゃあ、くっついちゃおっか?」
ラジオ体操に遅れてやってきた少年は男の俺から見ても将来爽やかイケメンになるだろう整った顔立ちで礼儀正しいだけじゃなく、幼馴染で隣の家に住んでいるイギリス人のハーフ美少女と許嫁らしい。
内にも外にも肩書きがテンコ盛りで、物語に出てくる主人公でもここまで盛りはしないだろうと思うぐらいの完璧超人だった。
「な、仲が良いのは……良いことだな……」
「はい! ありがとうございます!!」
謎の敗北感。
何も競ってはいないが、自分達よりも進んでいる関係を自分よりも年下で純粋無垢な少年にぶつけられるのはとても大きなダメージだった。
「アツキ!」
「うわぁっ! あ、アイシャ!?」
悟られないように心の内でひっそりと傷を癒していた時のことだった。早霧と話していた筈のブロンド髪ハーフ少女、アイシャが飛びつく勢いで厚樹少年に抱きついたのである。
「もー! アイシャ、急に抱きついたら危ないっていつも言ってるよね?」
「んふー!」
驚いて注意をするが満更でもない様子の厚樹少年と、笑顔全開で彼の首に両手を回すアイシャという将来美男美女確定のイチャイチャ空間が展開された。
このやり取りから二人の中ではいつも通りなのだと思ったが、端から見るとこっちが恥ずかしくなるレベルである。
……最近の小学生は進んでるなぁ、なんて思ったり。
「わー! とっても仲良しさんだねー!」
そこにやってきたのは現時点で学園一、いや世界一美少女の早霧である。くっついてる二人を見てニコニコ笑顔のまま俺の隣へ歩いてきた。
何だここ、美男美女しかいないぞ?
「アイシャは昔から僕にベッタリで……その、すみません。早霧お姉さんに……あと、えっと……」
「ん? ああ、蓮司だ。よろしくな厚樹少年」
「蓮司お兄さんですね、よろしくお願いします!」
「アツキ……」
「あ、ごめんねアイシャ?」
話の流れで厚樹少年と軽く自己紹介をする。それだけで少年にベッタリなアイシャは不安そうに彼を見つめた。顔と顔が当たりそうになるぐらいの至近距離は、俺と早霧ならそのままキスをしてしまいそうな距離感だった。
「……二人も、ラジオ体操に来たんだろう?」
そんな想像をしたら恥ずかしくなって、強引だが話題を元に戻す。
いくら見た目で彼らが小学校高学年だと判断したとしても、まだ子供な彼らの前で変な事を考えるのは教育に悪いと思った。
「あ、はい! すみません、遅くなってしまって……」
「いや、それは別に良いんだが」
「うゥ……」
「ん?」
厚樹少年が申し訳無さそうに頭を下げたその横で、さっきまで笑顔全開だった彼女の顔が曇って顔を伏せる。
その表情と仕草には見覚えがあった。
二人と同じぐらいだった時の早霧が、久しぶりに学校に来れた時の不安そうな態度と同じなのだ。
「あ、え、えっと! その! ぼ、僕が今日寝坊しちゃって、その、遅れちゃったんです!!」
「アツキ……」
それを見て焦り出す厚樹少年と、フルフルと小さく震えながら彼にしがみつき後ろに隠れていくアイシャ。
なるほど、と思った。
だから、俺が言うことは決まっていて。
「わかる! わかるぞ厚樹少年よ!!」
「え!?」
「ピッ!?」
多少大げさながらに頷きくことだった。
二人の前で少しだけ腰を落とす。だいたい同じ目線になるぐらいの高さだ。
驚き目を丸くする少年とビクッと震えてより背後に隠れる少女の隙をつくように、俺は言葉を続けるんだ。
「俺も朝は大っ嫌いでな! 全然起きられないんだ!」
「れ、蓮司お兄さんがですか……? え、でも……」
「ああ、何を隠そう今日も早霧に起こされて何とかラジオ体操に間に合ったんだ!」
「……いえーい!」
嘘は言ってない。一応な。
喋りながら早霧にアイコンタクトを送ると、俺の意図を理解してくれたようで得意気にピースしていた。
「そ、そうなんですか……?」
「そうだよー? 蓮司はお姫様だから朝にちゅーしてあげないと起きないんだよー」
「は?」
「ええっ!? ち、ち、ちゅーですかっ!?」
俺の言葉は厚樹少年のオーバーリアクションによって見事なまでにかき消される。
何か訳ありな二人に負い目を感じさせない為の作戦が、早霧の余計な一言によって完全に流れが変わってしまったのだ。
ていうか、誰がお姫様だ誰が。
「……お姫様は、早霧だろうが」
「えー? 蓮司の方でしょー? ちゅーで起きるなんて、白雪姫みたいだね?」
「それこそ早霧だろ。今もぬいぐるみに囲まれて寝る姿なんて、白雪姫そのものだと俺は昔から思ってるぞ?」
「そ、それは今関係ないじゃん!」
「関係大ありだわ。その新雪のように決め細やかな長い髪も、物語に出てくる姫にだって負けない整った顔も、本物の白雪姫だって誰しもが信じる筈だ」
「し、白雪姫の髪は白くないから! 違うから!」
「だが俺の中では、早霧は間違いなくお姫様だぞ?」
「う、あ……うー、もう……あり、がと……」
「アツキ、仲良し……」
「う、うん。すごく、仲良しだね……」
軽い口論をしただけなのに、いつの間にか少年少女二人から生暖かい視線を送られていた。先にラジオ体操に来ていた三人の時と似たような状況である。
「と、とにかく! 俺も寝坊しまくっているからな! 気にせずラジオ体操するとしようか厚樹少年よ!」
「あ、は、はい! お願いします!」
そしてまた、誤魔化す。
勢いと言うのはとても大事だ。めちゃくちゃ顔が熱い気がするが、気のせいだ勢いで誤魔化して何とかする。
「よーし! じゃあ手がぶつからないように広がってくれ! ほら、早霧も」
「あ、うん……」
何故かボーっとして上の空だった早霧に声をかけて俺達は距離をとって広がった。
それに倣い彼ら二人も広がってくれれば、この勢いのままにラジオ体操を始められるのだ。
「うゥ……」
「あ、アイシャ……?」
だが。
そう上手くいってばかりではなかった。
厚樹少年の背中からアイシャが離れようとしないのである。
「ほ、ほらラジオ体操やろうよ? 蓮司お兄さんや早霧お姉さんみたいにちょっと離れるだけだからさ?」
「……イヤッ!」
明確な拒絶だった。
首をブンブンと横に振りながらギュッと厚樹少年にしがみつく。さっき早霧と話していた時は大丈夫だったのに、本気で離れるのが嫌みたいだ。
「ご、ごめんなさい……そ、その……」
「アツキ……」
困り顔の厚樹少年の表情はとても複雑そうだった。事情を話したいけど話せない、そんな顔である。彼にベッタリなアイシャもより一層不安そうな顔に変わった。
もちろん仲良くなったとは言え、初対面でいきなりそんな深いところまで踏み込むような真似はしない。
だけど解決案が見当たらないのも事実だった。
「じゃあ、くっついちゃおっか?」
「えっ?」
「……?」
「早霧?」
そんな中、さっきまで上の空だった早霧が手を叩いて一歩前に出た。
どうやら何かを思いついたようだが、くっつくとは……もう既に二人はくっついている状況だと言うのにどういう事だろうか。
「えへへー、ぎゅーっ!!」
「さっ、さ、早霧ぃっ!?」
そう思ったのも束の間の出来事である。
一歩前に出たかと思えば、笑顔でそのまま振り返って俺の後ろに回りこんだ早霧が、後ろから俺に抱きついてきたんだ。
背中越しに伝わる二つの大きな膨らみの感触と、少女特有の柔らかさ。そして汗に混じった甘い匂いが漂ってきて思考が固まる。
いや、それよりも、問題なのは、突然の、その行為、じゃなく……。
「わ、わぁ……!」
「アツキ、アイシャも……」
厚樹少年たちの前で抱きついてきたのが問題だった。
いくら前にいる二人が俺達を凌駕する関係だって、目の前で年上の男女がこうしてくっついているというのは刺激が強すぎるのである。
例えるなら、両親のイチャイチャを偶然見てしまったような、そんな気まずさ……いや、自分で言っててあまり良い例えじゃない気がするが、そんな感じだ。
「蓮司、私に合わせて……?」
「お、おう……」
こんな時に言うのもアレなんだが、背後から抱きつかれて耳元で囁かれるという行為はとても……クるものがある。
それと同時に、俺も昨日早霧に同じような事をしてしまったのを思い出して軽く後悔の気持ちが湧いてしまった。
「アイシャちゃん! 見て見て! 今から私がこうして蓮司お兄ちゃんを動かしながら体操するよ! だからアイシャちゃんも厚樹くんを動かしてあげて?」
「……!」
早霧が後ろから抱きつく手を離し、俺の両腕に手を絡める。
まるで俺が早霧の操り人形みたいに動かされるようなこの状況に、厚樹少年の後ろに隠れながらこっちを覗いていたアイシャの瞳が輝いた気がした。
「じゃあ転ばないように気をつけて、くっつきラジオ体操始めちゃおー!」
「お、オー……!」
「ほ、本当にこのままやるのか!?」
「あ、アイシャもそれで良いの!?」
困惑する俺と厚樹少年を差し置いて、ノリノリな美少女二人がそれぞれ背後から密着して手と手を絡めてくる。
『ラジオ体操第一ー!』
夏休みの朝。
太陽が昇りだして気温が上がりだした小さな公園で、二組の男女がお互いの身体を完全にくっつけたまま、二回目のラジオ体操が始まるのだった。
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