第108話 『ピッ!?』

「ぜぇ……ぜぇ……あ、あの……っ! らじ……ラジオ、体操……っ!」

「お、落ち着け少年! まずは息を整えろ死にそうじゃないか!」


 息も絶え絶えに公園に飛び込んできたのは爽やかな見た目をした少年だった。子供ながらに顔が整っていて将来はきっとイケメンと呼ばれる部類の男に育つんだろうなと他人事のように思ってしまう少年である。

 そんな少年がその爽やかさを台無しにするレベルで汗を流して息を切らしていた。それでも、その後ろにピッタリとくっついて隠れている少女の手を離さない所に好感が持てる少年だ。


 それはそれとして、俺は俺で早霧とのやり取りを見られたんじゃないかって内心では少年の流す汗ぐらい冷や汗ダラダラだった。


「す、すみま……せん……」

「……おう。落ち着いてからで良いぞ? 頷くだけで構わないんだが、ひょっとして君が『あっくん』か?」

「……え? あ、は、はい……厚樹(あつき)は、僕で……あっくんって、呼ばれて、ますけど……」

「頷くだけで良いと言ったろう? さっきまでラジオ体操に来ていた麦わら帽子の少女が君の名前を呼んでいたんでな。どうやら君であってるみたいだ」


 爽やかな少年は厚樹、と言う名前だからあだ名があっくんのようである。そしてその後ろにずっと隠れている少女が……。


「…………っ!?」

「お?」

「わっ!? あ、アイシャ!? す、すみませんこの子、すごい人見知りで……」


 アイシャ。

 そう厚樹少年が呼んだ通り、彼の後ろに隠れた少女は日本人ではなかった。

 太陽の光を反射して輝くブロンドの長い髪に白い肌、そして丸く大きな碧い瞳はまるで人形のようである。

 将来有望な黒髪の美少年の後ろに隠れるブロンドヘアの美少女というのは、とても絵になっていた。


「わぁー! 髪きれーだね! 可愛いーっ!」

「ピッ!?」


 そしてそんな美少女に負けてないのが俺の幼馴染、早霧である。

 厚樹少年の後ろに隠れている少女、アイシャを見るやいなや彼女が張った壁を全て無視して突撃していった。

 引っ込み思案だった早霧がこんなにも社交的になってくれて、俺はとても嬉しい。


「アイシャちゃんって言うんだね! 私は早霧! よろしくね!」

「……す」

「んー?」

「え、あ、お、お姉さんも外国の人……なんですか?」


 グイグイ行く早霧と怖がって厚樹少年の背中に隠れるアイシャ。

 綺麗な白髪とブロンド髪に挟まれた厚樹少年がアイシャを守るように立ちながら質問を投げた。


「ううん、こう見えて私は普通の日本人なのです!」


 二人と目線を合わせるために軽くしゃがみながら自信満々に宣言する早霧だが、見慣れた俺から見ても普通ではない美少女っぷりを発揮している。

 その圧倒的オーラに引っ張られたのか、厚樹少年の背中から少しだけ少女アイシャが顔を覗かせた。


「アイシャちゃんは、何処の国の人なのー?」


 その隙を早霧は見逃さなかった。ぬいぐるみの時といい、可愛いものを前にした早霧は無敵になった狩人みたいである。その速度は、本気を出した時の猫みたいな反射神経だった。


「……す」

「あ、あのお姉さん……それにお兄さん!」


 オロオロしている少女アイシャと、助けを求める視線を俺に送ってくる厚樹少年。

 助けてあげたいのは山々だが、今早霧を止めるのは違うと思った。

 それに厚樹少年からは見えてはいないが、彼女はちゃんと。


「……イ、イギリス、です」

「わー! イギリスなんだー!」

「あ、アイシャ……?」

 

 自分から、喋ろうと努力をしていた。

 その姿には見覚えがある。病気が治ってきて、学校に行けるようになった早霧とそっくりだったから。


「良いねー! イギリスかー! お洒落だねー!」

「あ、ありがとう……ございます……」

「それに日本語もすっごい上手ー! 私より上手いよー!」

「ぱ、パパが……に、日本人だから……」

「そっかー! ハーフなんだー! すごーい!」


 早霧ワールド全開だった。

 イギリスをお洒落と言ったけど多分深く考えてはいない。イメージだけで褒めている。褒めまくっているから少しずつではあるが彼女も心を許して喋るようになっていった。

 うんうん、流石は早霧だ。


「あ、あのお兄さん……」

「ん? どうした厚樹少年?」


 美少女だけで会話が成り立ち居場所を無くしてしまった爽やか少年、厚樹が俺の元に歩いてくる。

 まるで信じられないものを見たような顔だった。


「す、すごいですねあの……早霧、お姉さん……アイシャが他の人に、自分から話すなんて……」

「そんなにか? まあ確かに。早霧は凄いぞ。めっちゃ凄い」

「は、はい……学校でも……すごく人見知りで、僕から離れようとしないので……」


 驚きながらも満更でもない表情の厚樹少年である。

 なんていうか、境遇とかそういうのが他人の気がしない。

 もちろんこれは俺の主観なので彼に言うつもりはないが、似たような道を先に進んできた人生の先輩として話をしてやれるんじゃないかって思った。


「分かるぞ少年。早霧も昔は彼女みたいだったからな」

「え? お兄さんもあの、早霧お姉さんと許嫁なんですか?」

「……ん?」


 許嫁?

 実生活ではあまり聞き慣れない言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。


「……俺と早霧は普通の、普通の……幼馴染だが……。厚樹少年、君とあそこで今早霧によって猛烈に頭を撫でられているアイシャという少女は……」

「あ、はい。許嫁です! 昔から家が隣同士でずっと仲良しなんです!」


 なんだこの主人公みたいな爽やか少年。

 人生の先輩とか言ったが全てに置いて俺の先を進んでないか、厚樹少年よ?

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