第106話 「みんな元気だね?」
午前七時。天気は快晴。
雲一つ無い、とまではいかないが空は青く澄み渡っている。
顔を洗ったのにまだ眠い目を擦りながら家を出ると、夏らしいカラっとした太陽の日差しに出迎えられた。
「暑いねぇー。蓮司、水分補給は忘れちゃ駄目だよ?」
「お前がそれを言うのか」
「えへー」
前を歩く早霧が振り向きながら誤魔化すように笑う。太陽みたいに明るい笑顔だ。
学校指定の半袖のポロシャツにハーフパンツ、腕には町内会から借り受けた当番だと一目で分かる腕章をつけた夏スタイルの早霧である。頭にも町内会から借りた黄緑色のキャップ帽を被っていて日差し対策もバッチリだ。
それに倣う俺も同じ格好だが、着る人が違うだけでこうも輝いて見えるのはやはり早霧の美少女っぷりにあるんじゃないだろうか。
「あっ……! 日焼け止め塗り忘れちゃった!」
「大丈夫だろ。長くても一時間ぐらいだし」
「むぅ。その油断が命取りなんだよー?」
「忘れた早霧が悪い」
「蓮司が起きるの遅かったからじゃん!」
「目覚まし前には起きてただろうが」
「起こしたの私だよ?」
「忘れたのも早霧だ」
ご立腹な幼馴染と軽い口喧嘩。
喧嘩と言っても嫌悪感はまるでなく、ただ言い合っているだけである。この様子なら昨日の夜のことはもう許してくれたみたいだ。
こういう時間って、何て言うか……何か良い。
非常に抽象的でアバウトだが、そう思った。
「早霧」
「んー?」
「ほら」
「えっ!?」
後ろ向きで話しながら歩く危なっかしい早霧の手を掴む。
昨日も握り合った、スベスベで華奢な女の子の手だった。
「ど、どうしたの!?」
「……どうしたもなにも、前もそうやって転びかけただろ?」
「あ、うん……」
「……公園までだからな?」
目を見開いた早霧が、俺と掴まれた手に視界を行き来する。
理由を述べると納得したようだが、急にしおらしくなって軽く俯いてしまった。
昨日はもっと恥ずかしいことをしていたというのに、良く分からない奴である。
追いついて、隣を歩いて、掴んでいた手を握り直す。
お互いの指と指が絡み合って、手のひら同士がくっついた。
隣を見ると顔が赤い。きっと夏の暑さのせいじゃないだろう。多分俺も赤くなっていた。
少し離れた所から、朝だというのにもう元気に鳴くセミの声が聞こえる。
家から出て少し歩いた所にある、通学路の序盤も序盤の目的地である公園にはすぐ着いてしまった。
◆
大通りを外れて閑静な住宅街を通る道に位置した小さな公園へとたどり着いた。
いつも早霧と待ち合わせしているその場所は、ほとんど毎日見ているので馴染み深い。
細長いプラスチック製のベンチが二つ並んでいて後ろには日陰になるように木々が植えられており、夏らしく緑緑した枝葉が風に揺れている。目立った遊具は小さな滑り台とその下にある円形の砂場だけだ。
昔は他にブランコがあったんだけど、撤去されちゃったんだよなぁ。
「見ろよー! セミの抜け殻あったぜー!」
「きゃー! やめてよ気持ちわるいー!」
「よ、よしなよぉ……」
そんな小さな公園に、普段は見ない子供たちがいた。
おそらく全員が小学校高学年だろうか。髪がツンツンした半袖半ズボンでセミの抜け殻を持って追い掛け回す少年に、女の子が二人。
この女の子二人が対照的だった。
一人は長い髪を後ろで一本に束ねていて勝気そうだけど、虫が苦手みたいで逃げ回っている。
もう一人は肩にかかる程度の髪だけど麦わら帽子を目深に被っていて大人しそうだけど、虫に苦手意識は無いみたいで逃げるというよりはゆっくり歩いている。
少年もそれを理解しているようで麦わら帽子の女の子を追い抜いて、逃げ回る勝気そうな女の子を追い掛け回していた。
「みんな元気だね?」
「だな」
時刻は七時二十五分。
集まっているのはたった三人の小学生。
少子高齢化もここまで進んだのかとか思いながら俺と早霧は、夏の早朝だというのに元気に走り回る小学生をベンチに座って眺めていた。
「良いなぁ、あんなに走り回れて」
「……今ならもう大丈夫だろ。一緒に混ざってきたらどうだ?」
「蓮司は?」
「俺は見てる」
「じゃあ、私も見てる」
「そうか」
おだやかな風が流れた。
微妙に生温いけど、まだ昼間よりかはマシな風だ。
「ほら見ろよ! コイツ超デカいんだぜ!」
「ギャーッ! キモいキモいキモいキモいキモいー!」
「や、やめなよぉ……」
少年少女たちはまだ元気に走り回っていた。
子供の体力は無尽蔵だとは良く言ったもので、高校生の身でありながら小学生のワンパクさを目の当たりにしてしまうと歳を取ったなと思ってしまう。
「無邪気で可愛いねー」
「そうだな」
「蓮司って子供好きなの?」
「まあ、人並みにはな。元気で良いじゃないか」
「そうだねー」
「早霧はどうなんだ?」
「好きだよ? すっごく」
「すっごくか」
「うん、すっごく」
「…………」
「…………」
今の会話に意味があったのだろうか。
平和すぎて逆に怖いぐらいぐらいに何も無い会話だった。
何となく会話を止めて、何か良い感じに風が吹いて木々が揺れる音がする。
青春って、こんな感じを言うんじゃないだろうか。
目に見えない雰囲気を全身で感じていると、それを打ち破るように横に置いていたスマホからアラームが鳴り響いた。
「はーい! みんな集まってー! ラジオ体操始めるよー!」
「ちぇっ、もう時間かぁ」
「アンタ後でおぼえてなさいよ!」
「け、喧嘩は駄目だよぉ……」
時刻は七時三十分。
ラジオ体操の時間だ。
隣で早霧が立ち上がり子供達を呼ぶと、流石小学校高学年。まだ話に夢中になっているけど素直に集まってきた。
「みんなおはよー! 今日から私とお兄さんが一緒にラジオ体操やるから、よろしくねー!」
「……すっげぇ美人」
「ちょっとお姉さんを変な目で見てるんじゃないわよ!」
「で、でも本当に綺麗だね……」
「あはは、ありがと! みんなも可愛いよ!」
「か、可愛くねーし!」
「ま、まあ当然よね!」
「か、可愛いって言われちゃったぁ……」
流石早霧である。
早速子供たち全員の心を掴んでしまった。
「あ、お兄さんも可愛いよ?」
「……お姉さんもな」
「えへへー」
「イチャイチャしてるぞ……」
「イチャイチャしてるわね……」
「な、仲良いんだね……」
変なパスが飛んできたからそのまま返したら少年少女たちがこっちを見て何やらヒソヒソと話し始めた。
円陣を組んでいて何を話しているかまでは聞き取れなかったが、すぐに仲直り出来るのも子供ならではの利点だと思う。
「みんなー! スタンプカードは持ってるー?」
「ある!」
「ありまーす!」
「あ、あるけど……あっくんたちがまだ来てない……」
子供に合わせてノリノリな早霧が出席確認用のスタンプカードを取り出すと三人も首からかけているスタンプカードを上に掲げた。
少年は自信満々に、勝気な少女は顔の前で得意気に、麦わら帽子の少女は胸の前で小さく。三者三様である。
「よし、じゃあ始めるから広がってくれー」
「みんな両手回してぶつからないようにねー!」
「やるぜー!」
「はーい!」
「あ、あのぉ……はい……」
子供三人が広がり、俺と早霧も手を広げて離れる。
小さな公園だとこれだけでも一角を占有してしまうが、他に利用者がいないので大丈夫だろう。
「よーし、いくぞー」
全員に声をかけてスマホを弄る。
今の時代、ラジオ体操と言っても音源さえ用意できればスマホでも良いのである。
『ラジオ体操第一ー!』
スマホから聞いた事はあるが名前も顔も知らない声の良い男性の声と共に独特のメロディが流れ出す。
こうして、初日のラジオ体操が始まるのだった。
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