第102話 「すき?」
「んっ……はぁ……」
長い長いキスを経て、早霧の唇がゆっくりと離れていく。
甘い声と共に息が漏れ、淡い色の瞳が熱っぽく俺を見つめていた。
風呂に入っているからだろうか、その瞳にかかる前髪は湿っている。少しだけペタンとおでこに張り付いたその姿は俺だけが知る早霧の可愛さだ。
そんな早霧のひたいから一筋の汗が流れていき、スラッとした高い鼻を伝ってからポチャンと湯船に落ちて小さな波紋を広げる。
「どう、しよう……?」
正面から握り合っている俺の左手と早霧の右手。
ぎゅっと握る早霧の力が強まった気がした。
「これ、好きかも……」
「さ、早霧……?」
俺の右肩に置かれていた早霧の左手がゆっくりと下がっていく。
湯船の中で行き場を無くしていた俺の右手を、早霧の左手が掴むのは時間の問題だった。
「こっちも、捕まえちゃったからさ……」
掴まれた俺の右手も、浮上。
握り合った両手に自由はなく、早霧の華奢で柔らかな両手と正面から握り合って。
「んぅぅ……」
押し付けるように、キスをしてきた。
両の手を握る手に力が入る。
水着越しに上半身を押し当てられながら風呂場の中で唇が重なり合うこの状況に、気持ち良いという言葉以外は思いつかない。
「好き……んっ……これ……ん、ふっ……好き……好き……好き、好きぃ……」
倒れこんでくる早霧の身体を俺の身体が支える。背面にかかる浴槽の硬さも前面に広がる早霧の柔らかさをより堪能する為のスパイスにしかならなかった。
くっついたり離れたりする不安定な唇を俺はただ受け入れている。それが触れる度、俺に幸せと心地良さを快楽に乗せて運んできて、頭がどうにかなりそうだった。
餌を求める雛鳥のように早霧が鳴いて唇をついばむ度に熱が伝わってくる。湯船が揺れて小さくパシャパシャと音がする。
好きと言われる度に脳が揺さぶられておかしくなりそうで。それでもキスをされている間は口が塞がれているので、その代わりに握り合う手に俺も力を込めることしか出来なかった。
「……れんじは?」
すると早霧が少しだけ唇を離して俺に聞く。
でも、まだ全然息と息が触れ合う距離だ。
文字通り目の前にある淡い色の瞳は完全にとろけていて。
「すき?」
少し呂律が回らなくなった喋り方で、首を傾げる。
そんな幼馴染の、親友の姿がとても可愛くて愛しくて。
押し当てられて密着した、水着越しの胸元に俺の鼓動が聞こえてしまうんじゃないかってぐらい心臓が高鳴っていく。
親友とか、恋人とか、疑問とか、懸念とか。
そういった些細なことは頭の奥から完全に消え去っていた。
これが俺の悪い癖だと思う。
だけど本当に悪いのは、こうなるしかなくなるぐらいに魅力的な早霧のせいだ。
「あぁ……好きだぞ」
「わたしもすき……」
どういう意味で?
そう訊ねる気も起きなかった。
唇より先におでことおでこがぶつかって、いつかの体温測定みたいな構図になる。
三十九度のぬるま湯に浸かっている筈なのに、触れた肌はとても熱く感じた。
「――んぅっ」
そしてまた、キスをして。
「はむっ……れろっ……」
「んぅっ!?」
舌が、舌が入ってきた。
思わず目を見開いて、握り合う手により力が入る。でもそれに意味はなく、寄りかかる早霧を引き寄せるだけになった。
早霧の侵攻が始まる。
唇を割って入ってきた早霧の舌が俺の舌を絡めるように口の中を動いていく。
舌と舌が触れる度に頭の中で雷が落ちたような衝撃が走り、脳をガンガン揺さぶってくるような気持ち良さが広がっては爆発を繰り返していた。
ザラザラしている筈なのに心地良くて。
さっき食べたカレーの匂いがかすかにするのにとても甘くて。
その中に歯磨き粉のミントの匂いも少し混じっているからか、熱い吐息の中に爽やかさがあって。
早霧も同じような感覚に陥っているのだろうか?
そんな事を考えても、入り込んだ舌が思考も口内も掻き乱していた。
「すき……んちゅ……すき、ちゅるっ……れんじ、れんじ……あむぅ……すき……んっ、れんじぃ……」
「さ、ぎり……んぅ……」
舌を絡めるキスにはあまり良い思い出が無かった。
一度目は俺からしようとして断られて、二回目はした後に俺が本心を言って泣かせてしまった。
でも今は早霧からしてくれている。何の前触れも無く、我慢できなくなった子供みたいに、大人がする深いキスを何度も、何度も、何度も、何度も。
「すきぃ……んぅ……れん、ぁ……れるっ……すき……すき、すき……すき……」
「さぎ、さぎり……んっ……」
溶けていく。
意識も思考も身体も心も全てが早霧に溶けていく。
触れ合う肌、擦れる水着、混ざる声、絡まる舌、うごめく唇、交わる唾液、上がる熱。その全てを湯船のお湯が包み込み、早霧と一つになっているかのようだった。
「すき……ん……れろぉ……はぁ……んちゅ……しゅきぃ……」
少しだけ勢いが落ちてくる。
舌の交わりは息を吸うことを忘れ去れ吐くことだけを強要されてきた。
まるで互いにブラックホールにでもなったかのように息を吐いては舌を絡めてくぐらい夢中になっていたから、無理も無いだろう。
「はぁ……はぁ……はぁぁ……ふぁぁ……」
「はぁ……ふぅ……さ……さぎり……」
息も絶え絶えなままに唇が離れていく。
その際、離れた舌と舌、唇から唇を伝って銀色の細い糸が伸びていった。
本当に出来るんだと言う感動をする余裕なんて無い。
目の前でとろんとしたまま、口の端から糸の元だったよだれを垂らしている早霧がとても愛しくて。
「れん……じ……」
大きく肩で息をする。
早霧の震えが握り合った両手を伝って俺に伝わってきた。
今すぐこの手を離して抱き寄せたい愛しさ。
ずっとこの手を握って触れ合いたい愛しさ。
その両方がぶつかり合う。
「さぎり……」
このまま。
このまま、自分の気持ちに素直になっても良いんじゃないだろうか。
考えなしで前向きな幼馴染の姿勢を、俺が真似しても罰が当たらないんじゃないだろうか。
「…………」
「…………」
確認するように握った手の力を強める。すると早霧も無言で握り返してきた。
それだけで気持ちが通じ合えたみたいでとても嬉しくて、目の前にいる筈の早霧の事が、もっと……欲しくなって。
「れ、れん……」
見つめ合った早霧も、キスの疲れからか今までで一番顔が真っ赤だった。
ただでさえ色白で綺麗な肌が朱色に色づいている。耳の先も、すべすべな頬も、細い首筋も、水着に隠れていない露出した肌の全てが赤くなって。
「れ、れ……」
そう。
まるで興奮と言う名の熱にうなされた様に俺の名前を呼ぼうとしても舌が回らず、仕舞いには一文字しか呟けなくなり。
「……早霧?」
それどころか、とろんとした瞳の焦点も次第に合わなくなっていって……?
「れ……ふにゅぅ……」
「さ、早霧ぃ!?」
そのまま俺の手を握る力がゼロになり前のめりになって顔から湯船にダイブした。
バシャンと一際大きな波が立って。
「ぶくぶくぶくぶく……」
「早霧!? 早霧ぃー!?」
白い髪でお団子を作った後頭部がお湯に浮かんで、横から気泡がぶくぶくと泡を立てる。
俺は慌てて手を離して両脇を抱えるように抱き上げると、この親友さまは完全に目を回していた。
三十九度のぬるま湯で、元病弱っ子な早霧は見事にのぼせてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます