第89話 「お風呂、こんな狭かったっけ?」
浴室に、バスタオル姿の早霧が入ってきた。
顔を赤らめ、その両手には昼間ドラッグストアで買ったオススメのシャンプーやらボディソープやらを抱えた早霧が、胸元から太ももまでをバスタオルで巻いて隠して風呂場に入ってきたんだ。
「さ、早霧ぃっ!?」
我ながら早霧が何かをやらかした時の反応がワンパターンだと思うがこれしか出来ないんだ。むしろ名前を呼べただけ褒めてほしい。
入浴剤なんて洒落たものを入れない派な我が家は当然湯船を満たすお湯はお湯のままで言うなれば透き通っている。
俺は咄嗟に早霧から見えないように身体を丸めるしかなかった。
いや普通逆じゃないかこれ!?
「あ、あれ……?」
そんな俺をよそ目に、早霧はキョロキョロと風呂場を見渡す。
隠れる俺を見られているようで、とても落ち着かない。
「お風呂、こんな狭かったっけ?」
「お、お前が大きくなったからだろうが……!」
背も身体も色々と、なんて余計なことを言いそうになったがそこは混乱よりも理性の方が強かったらしく踏みとどまった。
バスタオルからでも一目瞭然なぐらいに膨らんでいる箇所がとんでもない主張をしている。そのバスタオルの先には当然早霧の素肌があり、そして浴槽の中には当然全裸の俺がいる。
意識してはいけない、意識してはいけないんだ。
「じゃ、じゃあ大きくなった記念に背中を流すよ!」
「待て待て待て何の記念だそれ!?」
「ひ、久しぶりに一緒にお風呂に入った記念だよ!」
「さっきと言ってること違うんだがっ!?」
狭い浴室のせいか、俺たちの声はよく響いた。
お互い叫んだ後に起きた一瞬の静寂で、またピチョンと天井から水滴が落ちて音を奏でる。
風呂の入り口にはバスタオル姿の早霧、風呂の中には全裸の俺。
逃げ場は何処にも無かった。
「……あ、この椅子まだ使ってるんだ」
「お、おい!?」
静寂の後に、早霧が浴室の中に置いてあった何の変哲も無い風呂場用の小さな椅子に気づく。年季が入ったプラスチック製の椅子は、まだまだ我が家では現役だった。
バスタオル姿の早霧がしゃがんで、俺は咄嗟に視線を逸らす。
ゴロロッとプラスチック製の椅子が風呂場のタイルを滑る音がした。
「ほら蓮司、座って座って」
「…………」
いかがわしい。
バスタオル姿の早霧が浴室にしゃがみこんでいるだけでなんかもうすごくいかがわしかった。
「……もう、身体……洗ったん……だが……」
「嘘。髪濡れてないし、蓮司は身体洗う前にお風呂に入っちゃうからいつも怒られてたじゃん」
幼馴染の恐ろしさを風呂場で思い知らされるとは思ってなかった。
今まで隠すつもりは無かったししてこなかったが、ある意味で親よりも俺の事を知っている幼馴染の前で隠し事なんて最初から無理だったのである。
「それにリップクリーム、良かったでしょ?」
「な、何で急にその話になるんだ!?」
「だって、ほら」
と、早霧が視線を落とした先にあるのは綺麗な足……ではなくてその前に並ぶ早霧オススメのシャンプーたち。
まさかと思った。
「蓮司には私の好きなもの、知ってほしいし……」
「お、お前なぁ……」
そのまさかだった。
あの時ドラッグストアで買ったものは全部自分用ではなく、早霧が俺に布教し使う為のものだったんだ。
分かるかこんなもん。
「いや、だが! 普通に俺が使えば良くないか!?」
「……私、蓮司にキスマーク付けちゃったし」
「関係なくないか!?」
思わず自分の首筋を見ようとしたが、物理的に不可能だった。
「か、関係あるよ! だって私も真剣だもん! み、見逃してもらった分はお返し、したいし……」
「……早霧」
あ、もう駄目だって思った。
言ってることもやってることも無茶苦茶だし、それがどうこれに繋がったのかも分からないが、シュンとする早霧を見て全てを許してしまう俺がいる。
それを抜きにしても、風呂場でバスタオル姿の早霧を泣かせるとか、そんな犯罪チックな事、俺には出来なかった。
「……はぁ。分かったよ」
「え、良いのっ?」
むしろ俺のセリフだ。
ずっと好きだった幼馴染にバスタオル姿で身体を洗ってもらうとか、全世界の男子が夢に思っている事だろう。
むしろこっちの方が犯罪チックな気もするが、どうせ捕まるなら俺は得して捕まりたい。
俺の心はとっくの昔に早霧に捕まっているんだ。
「お、お前が言ったんだろうが! い、良いから少し後ろ向いてろ!」
「後ろ? どうして?」
キョトンとする早霧に。
「た、タオルしてないからに決まってるだろうが!」
俺は叫ぶように今の状況を告白し。
「……っ!? な、なんでタオルしてないのぉ!?」
「自分の家の風呂場でする訳ないだろうがーっ!!」
瞬時に顔が真っ赤になった早霧に、俺もきっと顔が真っ赤になりながら叫んだ。
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