第88話 「せ、背中……流そっか?」
寝て起きたら事件が起きた。
ていうか、起きていたという方が正しいのかもしれない。
「あ、あぅ、そ、その……」
そして鏡越しに顔を真っ赤にしているのは俺の幼馴染で事件の犯人である早霧だ。
さっきから震える手をこっちに向けては引っ込め、また向けては引っ込めを繰り返している忙しい奴である。
「……すごいな」
そしてその事件の被害者である俺はというと、驚きよりも感心の方が強い状態で鏡に映る自分を見つめていた。
ここだけ切り取るとまるで俺がナルシストみたいなので訂正させてもらうが、俺が見てるのは俺であって俺ではない……そんな状態だった。
「キスマークって、こんなクッキリできるものなんだな……」
「ご、ごめんなさい……」
洗面所の鏡に映る、部分的に赤くなった俺の首筋を見て呟いた。その後ろで犯人は申し訳なさそうにモジモジしているのが一緒に鏡に映っている。
事件の全容はこうである。
寝ていた早霧が寝ている俺の首筋に吸い付いていて、起きたら痕になっていた。
以上。
「夏休みで良かったと言うべきか」
「ごめん……」
不幸中の幸いだろうか。
今は夏休みで学校が無く、父さん母さんは商店街の旅行に行ってて月曜日まで留守にしている。それに今日一日をかけて遊びまわり、食材も買い溜めもしているから外に出る必要もない。
だから誰かに見られるという最悪の事態は避けられる訳だが、この幼馴染様は起きてからずっとシュンとしていた。
「いつまで落ち込んでるんだ?」
「だ、だって……私、蓮司に……」
遊びに行った時の元気は失われてしまっていた。
こんな早霧は見たくないので俺も調子を崩してしまう。
「……別に赤くなってるだけだし、痛くないから平気だぞ?」
「で、でも……」
でも。
そう言った後に俯いてしまった。
言葉は続かず、下を向いて震えている。
だから俺は大きな溜め息を吐いた。
「……口と口じゃなきゃ、キスじゃないだろ」
「……えっ?」
目を見開いて顔を上げるもんだから、やっぱりかって思った。
「それに意図してやったら別だが、お互い寝てたんだからノーカンだろ」
「……良いの?」
揺れる淡い色の瞳が俺を見つめた。
この瞳に俺はとても弱いし、自分でも甘いと思っている。
でも勝負を挑まれた側としても、早霧を好きな俺としても、こんな偶発的に起きた出来事で簡単に勝負が終わってしまったら納得なんて出来なかった。
「良いもなにも、それでキス判定されるなら俺の唇を塗ったリップクリームで早霧の唇を塗った時点で間接キスをさせた俺の負けだろうが」
「……あっ」
今の反応でリップクリームを塗り合った時は何も考えてないことが分かった。
天然の時が一番恐ろしい幼馴染である。
「キス我慢対決のルールは口と口でキスをする。そしてちゃんとキスをしたいって意志があってしたキスに限る。これで良いだろ?」
「……うん。あり……がとう」
自分で言っててふざけた勝負だしふざけたルールだと思った。
けど俺は本気だし早霧も本気だ。本気だからこそこんななし崩し的で中途半端な終わらせ方は絶対に嫌だ。
俺が負ける事は万が一に、多分、きっと、おそらく……無いと思うが負けるなら全力を尽くして負けてキスをしたい。
そう思うんだ。
「ほら、そろそろ夕飯の仕込みをするぞ? 鏡を見たってカレーは出来ないからな」
「……あ、わ、私もやる!」
「……お前、料理できたっけか?」
「……こ、コーンフレーク作れるよ!」
「牛乳いれるだけだろうが」
そんなやり取りをしてこの場は丸く収まった。
やっぱり早霧には笑顔が一番だ。
◆
夕飯の準備から大変だった。
「れ、蓮司私も手伝うよ!」
「ありがたいが、包丁を俺に向けるんじゃない」
「だ、だって私蓮司の首に……痕、付けちゃったし……」
「包丁によってそれどころじゃなくなるんだが!?」
元気にはなったが変な罪悪感が芽生えてしまった早霧が、包丁を両手に持って俺の手伝いをしようと近寄ってくる。
本気で殺されるかと思った。
◆
食事の時も、大変だった。
「れ、蓮司! 私が食べさせてあげる!」
「いや一人で食べれるが……」
「でも、蓮司の首に……キス、マーク……私……」
「わ、分かったから! 食べるから! 食べさせてもらうから! ていうか俺に座るな隣に座れ!」
椅子に座る俺に跨った早霧が、カレーをすくったスプーン片手に泣きそうになるという混沌。
興奮と混乱で情緒がおかしくなりそうだった。
◆
通算すると、今日一日とても大変だった。
「はぁ……」
思わずため息を吐いてしまうぐらい、大変な一日だった。
早霧とどう仲直りするかを悩んでいたところに早霧が突撃してきて喧嘩が始まり、かと思えばお互いの両親が旅行に出て早霧が我が家にやってきて、一緒にショッピングモールに遊びに行って帰ったらリップクリームを塗り合って抱き合いながら昼寝をした。
これが夏休み最初の土曜日に全部起きたなんて誰が予想できるだろうか。
「濃密すぎる……」
ピチョンと、天井から滴り落ちた水滴が俺が浸かる湯船に落ちた。
広がる波紋。
まるで早霧が現れた事による俺の心の動揺みたいだった。
「この後、一緒に寝るんだよな……きっと……」
そしてまた溜め息。
さっきまでの早霧の、罪悪感が暴走した献身的な姿を見たら絶対にやりかねない、ていうかやる。
だって抱き合い昼寝をした仲だ。今さら一緒に寝ること自体は抵抗が無いだろう。
「なんなんだ、親友って……」
そして行きつくのは最初の疑問。
まさかここにきてまた悩まされるとは思ってなかった。
当然俺一人だけで悩んでも答えはない。
浴室という最も心を落ち着かせられる空間で、俺の呟きは微妙に響いただけで消えていき。
「……は、入るよー?」
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
「…………は?」
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
「せ、背中……流そっか?」
バスタオル姿の、早霧が入ってきた。
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